警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

警備員物語73|警備員という仕事に、誇りを持てるか?

投稿日:

小学生低学年の頃、

テレビでアニメ『巨人の星』を見ていた。

(その頃の我が家は、まだモノクロだったはず)

主人公の 星飛雄馬が学校の授業で、家族の職業について聞かれる場面があった。

そこで飛雄馬は、父・星一徹の職業について答える。

彼の頭の中に浮かぶのは、日雇い人夫の父 星一徹が工事現場でツルハシを振っている姿。

星飛雄馬は、ちょっとばかり、発言するのをためらう。

心を決めてその場にスックと立ち、はっきりと言う。

「うちの父ちゃんは、日本一の日雇い人夫です」

子供心に、とても心に残った。

日本一。

日雇い人夫。

不思議なレトリックだった。

何せ、自分の父親は、人夫ではないにせよ、土木会社の社員だった。

スーツなんか来ていない。毎日が作業着で出かける

日本一の日雇い人夫の星一徹。

日本一の土木会社員の我が父。

花形職業の医者でもなく、野球選手でもない。

社長でもない。

ところが、星飛雄馬の父 一徹は、

日本一の日雇い人夫。

なんだ、それは。

しかし飛雄馬は、決意し、父親を誇らしげに言った。

俺の父ちゃんは働いている。

肉体を使って働いている。

俺たちを食わせるために働いている。

そんな父ちゃんは、日本一なんだ。

子供だった私は、そんなふうに受け取った。

そして、作業着姿でバイクに乗って働きに行く、

我が父親を思った。

それから半世紀以上たった。

いま私は、

ヘルメットをかぶって道路に立。

警備員である。

そこで、ふと思った。

はたして、私は「日本一の警備員です」と言えるだろう?。

いや、無理だ。

まず朝から、

「行きたくねえなあ」

と言っている、こんな私が。

日本一になる気がまったくない。

では、

「私は警備員です」と胸を張って言えるだろうか。

今日は、そのことを考えてみたい。

警備員という仕事を恥ずかしいと思ったことはあるか

ある。

いきなり答えてしまった。

あるのだ。

私は59歳で警備員になった。

それ以前には広告や販売促進の仕事をし、自分で商売をし、ホテルの支配人もやった。

だから最初の頃、

「今、何をやっているんですか」

と聞かれるのが、嫌だった。

「警備員です」

この一言を言うとき、心のどこかに引っかかるものがあった。

別に相手が笑ったわけではない。

馬鹿にされたわけでもない。

勝手に私が、

「ずいぶん落ちたな」

と思っていたのである。

前にも書いたが、

「警備員になったら人生終わりだよ」

と言っていたのは、結局、私自身だった。

困った男である。

自分で警備員になって、

自分で警備員を馬鹿にして、

自分で傷ついている。

一人三役。

恥さらしの劇団である。

警備員の給料は高くない。それでも働く人がいる

警備員の仕事をきれいごとだけで語るつもりはない。

交通誘導なら、暑い。

寒い。

雨に濡れる。

立ちっぱなしになる。

トイレに困る現場もある。

仕事が早く終わることもあれば、長くなることもある。

そして給料が飛び抜けて高いわけでもない。

建設現場を見ていると、

「だったら作業員をやったほうが稼げるんじゃないか」

と思うこともある。

もちろん、仕事の内容も必要な技能も違うから単純比較はできない。

それでも警備員として何年も働いている人がいる。

なぜだろう。

年齢。

体力。

経験。

働き方。

事情は人それぞれだ。

私のように、

「ほかの仕事がなかなか見つからなかった」

という人間だっている。

それを隠す必要もないと思う。

60代の警備員には家族持ちが少ないように見える

これはあくまで、私が現場で見てきた範囲の話である。

同年代の警備員と働いていると、独身だったり、離婚して一人だったり、
家族の話をほとんどしない人が比較的多いように感じる。

もちろん、それだけで警備員全体を語ることはできない。

私自身も離婚して一人身である。

だから余計に、そういう人たちが目につくのかもしれない。

警備の待機時間というのは不思議なもので、昨日まで知らなかった男と二人で何時間も立っていると、
ぽつぽつ人生の話が出てくる。

「一人だからね」

「まあ、食えればいいよ」

「年金までだな」

そんな言葉を聞く。

私も似たようなことを言う。

道路脇に立って、

おっさん二人が人生の終盤について語っている。

車はビュンビュン通っている。

誰も聞いていない。

実に地味な人生相談所である。

相談料は日給に含まれている。

妻と子供のために働く警備員もいる

しかし、もちろん別の人もいる。

ある隊長職の警備員が、仲間と話していた。

妻の話。

子供の話。

家族の話。

詳しい内容はもう覚えていないが、

「家族のために働いている」

ということだけは伝わってきた。

私は少し意外に思った。

なぜ意外だったのか。

考えてみれば、それ自体が失礼な話である。

警備員に妻がいて何がおかしい。

子供がいて何がおかしい。

家族を養って何がおかしい。

何もおかしくない。

おかしかったのは、

私の頭の中にあった「警備員像」のほうだった。

その人は隊長として働き、責任を負い、給料を家に持って帰る。

家に帰れば夫であり、父親になる。

だったら、

あの『巨人の星』の星一徹と何が違うのだろう。

「日本一の日雇い人夫」という言葉を今になって思い出す

星一徹は、少なくとも私の記憶の中では、格好のいい職業に就いていたわけではない。

しかし飛雄馬にとっては、

父ちゃんだった。

職業名の前に、それがあった。

ここが大事なのかもしれない。

人間の価値と職業の社会的イメージを、ごちゃ混ぜにしてはいけない。

警備員だから立派なのではない。

広告マンだから立派なのでもない。

社長だから偉いわけでもない。

問題は、その仕事をしながら、何を守り、どう生きているか。

家族のために働く人もいる。
一人で生きていくために働く人もいる。
借金を返すための人もいるだろう。
次の仕事までのつなぎの人もいる。
年金を補うための人もいる。
夢なんかない。ただ明日の飯を食うために来る人だっている。

それでいいではないか。

働くということは、案外そういうものなのかもしれない。

警備員の仕事に誇りを持つ必要はあるのか

では、

「警備員として誇りを持ちなさい」

という話になるのか。

正直、仕事に誇りを持てない日だってある。

朝5時に起きて、
電車を乗り継いで、現場へ行って、
暑い道路に立たされて、

「この仕事、最高だな!」

と思えるわきゃないさ。

暑い。寒い。トイレ行きたい。

帰りたい。

これはこれで事実である。

だから、無理に職業を愛さなくてもいい、と私は思う。

ただ、自分まで卑下する必要はない。

ここはまったく別の話だ。

「私は警備員だから駄目な人間だ」

となった瞬間、仕事の評価が自分自身の評価にすり替わってしまう。

私は長いこと、この間違いをしていた。

ただ立っている警備員は、社会に必要な仕事なのか

現場に立っていると、

「警備員なんか立っているだけじゃないか」

と思われることもある。

実際、

立っている。

これは否定できない。
かなり立っている。

しかし、何も考えずに立っているわけではない。

車を見る。

歩行者を見る。自転車を見る。工事車両を見る。現場の動きを見る。

危険が重ならないようにする。
事故が起きないようにする。

何も起きなければ、その日の仕事は成功である。

ところが何も起きない、何もしていないように見える。
これは警備という仕事の、少々気の毒なところだ。

事故が起きて、

「ああ、警備員が必要だった」

と言われたのでは遅い。

何も起こさないためにいる。
そう考えれば、少なくとも恥ずかしがる仕事ではない。

それでも私は警備員を一生続けたいわけではない

ここで突然、

「警備員は素晴らしい!私は生涯警備員として生きる!」

と宣言したら、このブログをずっと読んできた人は椅子からひっくり返るだろう。

私は警備員を辞めたい。これは変わっていない。

身体もきつくなってきた。
もう少し長く続けられる仕事へ移りたい。
マンション管理のような仕事も考えている。

そして、出来れは以前のように文章を書いて、食っていければ。

まだほかにも、やってみたいことがある。

私は、警備員という職業に人生全部を預けるつもりはない。

しかし、警備員だった人生を捨てるつもりもない。

60代からより豊かな人生へ進むための「警備員」という仕事

最近、私は警備員という仕事を、

終着駅ではなく、次へ移動するための「足場」として考えるようになった。

落ちた場所ではない。

ここから次へ行くために、いったん立っている場所である。

足場だから、そこに永住する必要はない。

しかし足場がなければ、次の場所へ手足を伸ばすこともできない。

59歳の私には仕事が必要だった。

警備員という仕事があった。

私はそこで給料をもらった。

生活した。

五年以上生き延びた。

いろいろな人間を見た。

嫌な目にも遭った。

笑ったり、怒ったり。たまにはココロで泣いてる。

そして文章を書く材料を山ほど拾った。

考えてみれば、ずいぶんいろいろ貰っている。

警備員の経験を「次の人生」に持っていけばいい

これから私は、警備員ではなくなるかもしれない。

しかし、59歳から道路に立った経験は持っていける。

商売に失敗した経験も。離婚した経験も。

再就職に苦労した経験も。

警備員になった経験も。

全部持っていけばいい。

昔の私は、人生を上へ上へと考えていたような気がする。

いい仕事。いい肩書。いい収入。成功。

上へ行けば人生が豊かになると思っていた。

ところが64歳になって思う。

豊かな人生というのは、上へ行くことだけ、ではないのかもしれない。

自分が通ってきた場所を、無駄にしないこと。

それも一つの豊かさではないか。

警備員だった五年間を、

「人生の無駄だった」

の一言で捨てたら、本当に無駄になる。

だったら私は、

書く。

警備員について書く。

ここで出会った人について書く。

カッコ悪かった自分について書く。

そして、

次へ行く。

警備員に誇りを持てるか――いまの私の答え

「あなたは警備員という仕事に誇りを持っていますか」

そう聞かれたら、

私はまだ、胸を張って、

「はい!」とは言わないと思う。

そこまで立派な警備員ではない。

朝は現場に行きたくない。

暑ければ文句を言うし、寒くても凍えちまうよ、不平を言う。

現場が遠ければ嫌になっちまう。

早く終われば小躍りする。

日本一の警備員には、到底なれそうにない。
ちなみに日本一の警備員は、どこにいる?

しかし、

「警備員をやっている自分を恥ずかしいと思いますか」

と聞かれたら、

今なら少し違う。

いや。

と答えられる。

私は59歳から警備員をやった。

一人で生きるために働いた。

道路に立った。

暑い日も立った。

寒い日も立った。

嫌になりながらも、

今日まで来た。

それで十分ではないか。

星飛雄馬なら何と言うだろう。

知らない。

星一徹なら、

ちゃぶ台をひっくり返すかもしれない。

それも困る。

私の部屋は狭い。

ひっくり返す場所がない。

だから私は、

ちゃぶ台の代わりに誘導棒を持つ。

そして、もうしばらく道路に立つ。

ただし、

ここを人生の終着点にはしない。

警備員をやったことを恥じるのでもない。

警備員であることにしがみつくのでもない。

ここを足場にして、もう少し豊かな人生へ行ってみる。

そんな警備員が一人くらいいてもいいだろう。

64歳。

警備員。

まだ勤務中。

そして――

人生も、まだまだ勤務中である。

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再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

失敗しても、人生はそこで終わらない。
現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

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