警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

警備員物語72|警備員を辞めたら、「お前は誰だ!誰なんだ?」

投稿日:

警備員を辞めたい。仕事、行きたくない!

これは私が警備員になってから、おそらく千回以上は考え、呟いたことである。千回という数字に根拠はない。根拠はないが、五年間も夏は暑い、冬は寒い、便所はない、休憩はない、現場は遠いなどと文句を言いながら立っているのだから、千回くらい、無言で言っていても警備業法には違反しないだろう。

そもそも無言ならば、ある人は、「俺は百人以上人を殺している」と言っていたのを思い出す。
通行止め、迂回のお願いなどで、立っていると、歩行者や、車の運転手に罵詈雑言を浴びる時がよくある。

そんな時に、警備員は心の中で「おめぇなんぞ、車に引かれて死んじまえ!」と言っている。

ああ、警備なぞ、行きたくねぇなぁ。と呟く朝。

目が覚める。時計を見る。まだ暗い。身体は布団の中にいるのに、精神だけが先に現場を拒否している。

「今日は行かない」

と精神が言う。

ところが身体のほうは、のそのそ起きて歯を磨き、警備服を着てしまう。

そんな時、人間とは不思議なものだと思う。

精神と肉体が、まるで仲の悪い夫婦のように別々のことをする。

そうして私は今日もヘルメットをかぶり、誘導棒を持って、道路の端に立っている。

だったら辞めればいい。

話は簡単である。

辞表を書く。

まずは営業所へ電話でいいか。

制服を返す。

誘導棒に別れを告げる。

「長い間ありがとう。君の赤い光を私は忘れない」

などと言う必要はない。さらさらない

会社の備品だから返却すればいい。

ところが最近、私はここで妙なことに気づいてしまった。

警備員を辞めたら、私はいったい何者になるのだろう。

これは、便所がないことより少々厄介な問題なのである。

60代で警備員を辞めたいと思ったときに考えたこと

警備員を辞めたい理由なら、いくらでもある。

夏は暑い。

冬は寒い。

雨は濡れる。

風は吹く。

当たり前である。

警備員になったから夏が暑くなったわけではない。しかし、一日中道路に立ってみると、気象庁が発表する
「本日の最高気温35度」という数字が、単なる数字ではなくなる。

35度が人格を持って襲ってくるのである。

「どうだ、暑いだろう」

と太陽が言う。じりじりと。

「知ってるよ」

と私は答える。

太陽は聞いていない。

さらに照る。

冬になると今度は北風が来る。

「どうだ、寒いだろう」

うるせー。

知っている。

気象現象というものは、ずいぶんしつこい。

それに加えて足が痛い、腰が痛い、現場が遠い、朝が早い、仕事が突然なくなる、収入が安定しない。

これだけ揃えば辞める理由としては十分である。

ところが、

では、辞めて何をするのか。

ここで話が止まる。

太陽も北風も、そこまでは教えてくれない。

64歳の転職は「次の仕事」だけの問題ではない

若い頃なら、

「会社を辞めます」

と言った次に、

「では次の会社へ行きます」

があった。

ところが64歳ともなると、そう簡単ではない。

求人票を見る。

年齢を見る。

仕事内容を見る。

給料を見る。

そして、もう一度年齢を見る。

何度見ても64歳である。

求人票を閉じても64歳である。

翌朝になっても64歳である。

実にしつこい。

ああ、ため息が出る。

しかも、もうすぐ65歳になる。

私は履歴書を書くたび、自分の職歴を眺める。

広告。

販売促進。

企画。

フリーランス。

店舗経営。

ホテル。

配送。

飲食。

施設警備。

交通誘導。

なんだこれは、この履歴は。

一人の人間の履歴書というより、駅前商店街の案内板みたいになっている。

あるいは、新聞のチラシみたいじゃねぇか。

広告屋はこちら。

飲食店はこちら。

ホテルはこちら。

配送はこちら。

警備はこちら。

全部、私でございます。

広告プランナーだった私が警備員になった

昔、私は広告や販売促進の企画をやっていた。

企画書を書いた。

プレゼンもした。

人に会った。

売場を考えた。

キャンペーンを考えた。

どうすれば商品が売れるのか、どうすれば人が動くのか、そんなことを考えて金をもらっていた。

今はどうか。

人を動かしている。

「こちらへどうぞ」

車も動かしている。

「はい、お願いしまーす!」

考えてみれば、昔から人を動かす仕事をしている。

ただし、ずいぶん物理的になった。

昔は企画書で人を動かそうとした。

今は誘導棒で動かしている。

マーケティングが赤く光っている。

これは進化なのか退化なのか。

私にはわからない。

ダーウィンに聞いても、おそらく困るだろう。

飲食店経営に失敗して、肩書を一つ失った

その後、私は自分の店を持った。

DJライブバーだった。

店主。

これはなかなかいい肩書だった。

「何をされているんですか」

と聞かれて、

「店をやっています」

と言う。

まあ、悪くない。

「え、オーナーですか?」

ちょっと羨望の目で見られる

少なくとも、今現在のように

「道路で赤い棒を振っています」

よりは、何となく物語がありそうである。

だが店はうまくいかなかった。

経営不振になり、廃業した。

そして前回書いたように、その失敗は店だけでは終わらず、私の場合は離婚へとつながっていった。

私は店を失った。

家族を失った。

そして同時に、

「店主」という自分も失った。

考えてみれば、人間は仕事を失うと、給料だけでなく、昨日まで自分を説明していた言葉まで失うのである。

これは案外、大きい。

50代の再就職で肩書が次々と剥がれていった

それから私は、いろいろな仕事をした。

ホテルで働いた。

配送をした。

飲食もやった。

うまくいったものもあれば、うまくいかなかったものもある。

辞めた。

辞めさせられた仕事もある。

また探した。

そして50代の終わりになると、再就職はだんだん難しくなった。

若い頃の経歴が、昔の勲章みたいになってくる。

勲章は立派でも、スーパーでは大根一本買えない。

「昔、広告の企画をやっていました」

「そうですか」

終わり。

「店を経営していました」

「そうですか」

終わり。

「ホテルの支配人もやりました」

「そうですか」

終わり。

社会というものは、ときどき驚くほど過去に興味がない。

それで59歳のとき、私は警備員になった。

警備員になったら人生終わりだと思っていた

警備員になる頃、私の頭の中には嫌な言葉があった。

「警備員になったら人生終わりだよ」

誰かに言われたというより、自分で自分に言っていた。

広告をやっていた男が警備員。

店をやっていた男が警備員。

ホテルの支配人までやった男が警備員。

ずいぶん落ちたな。

そんな気持ちがあった。

嫌な男である。

誰が嫌な男なのかというと、

私である。

警備員を馬鹿にしていたのも私。警備員になったのも私。

警備員を辞めたいと言っているのも私。

そして警備員について72本も記事を書いているのも私だ。

いったい私は、警備員が好きなのか嫌いなのか。

本人にも、もうよくわからない。

警備員を5年以上続けたら「警備員」が自分になっていた

ところが五年以上もやっていると妙なことになる。

警備員が日常になった。

ヘルメットをかぶる。

安全靴を履く。

現場へ行く。

職人と話す。

監督と話す。

通行人に頭を下げる。

怒られる。

礼を言われる。

雨に降られる。

太陽に焼かれる。

そして家に帰る。

そんなことを何年も繰り返していたら、

いつの間にか、

「警備員をしている私」と、

「私」という人間の境目が、

少しわからなくなってきた。

そこで私は恐ろしいことに気づいた。

あれほど辞めたかった警備員を本当に辞めたら、

少し寂しいのではないか。

困った。

実に困った。

別れたいと思っていた恋人から先に、

「じゃあ別れましょう」

と言われたような気分である。

いや、まだ会社から何も言われていない。

勝手に私は一人で別れ話をしている。

仕事を辞めたら自分には何が残るのか

広告プランナーという肩書は消えた。

店主という肩書も消えた。

ホテル支配人も消えた。

ドライバーも消えた。

そのたびに私は、

「では次は何者になる?」

と考えてきた。

しかし最近、順序が逆だったのではないかと思う。

何者かにならなければ生きていけないと思っていた。

広告マン。

経営者。

支配人。

警備員。

名札を首からぶら下げないと、自分が誰なのかわからなかった。

だが、全部外してみたらどうなる。

広告を取る。

店を取る。

ホテルを取る。

警備服を脱がせる。

ヘルメットも取る。

誘導棒も取り上げる。

丸裸である。

いや、本当に裸になる必要はない。

警察が来る。

比喩の話である。

そこに残るものは何だ。

私はしばらく考えた。

60代から人生をやり直すなら「何者か」にならなくてもいい

私は、何度も失敗してきた。

職業も変わった。

住む場所も変わった。

家族との形も変わった。

金も失った。

肩書もなくなった。

それでも妙なことに、

私はまだ何かを考えている。

ブログを書こう。

小説を書こう。

商売を考えよう。

何かつくれないか。

もう一度、何かできないか。

これは昔からあまり変わっていない。

すると、

これが私なのではないか。

何度うまくいかなくても、次の何かを考えている人間。

ずいぶん頼りない定義だが、肩書よりは長持ちしそうである。

会社が潰れても使える。

店がなくなっても使える。

定年もない。

資格更新もない。

履歴書にも書けない。

しかし、

私が私であるためには、それで十分なのかもしれない。

警備員を辞めても「警備員ブルース」は残る

そう考えると、面白いことが起きる。

いつか私が警備員を辞めても、

警備員だった時間はなくならない。

真夏の道路も。

冬の朝も。

変な隊長も。

無口な警備員も。

怒鳴る人も。

笑った職人も。

ラジオ体操も。

トイレを探して町をさまよったことも。

全部残る。

そして、私はそれを書いている。

だったら、

警備員は単なる「最後に残った仕事」ではなかったのかもしれない。

少なくとも、

書くものを山ほどくれた仕事

ではあった。

これは大きい。

人生に何も起きなかったら、小説家は困る。

私の場合は起きすぎた。

少し返したいくらいである。

64歳の私が警備員の次にやりたいこと

では、本当に警備員を辞めたら何をするのか。

まだ決まっていない。

マンション管理の仕事かもしれない。

別の仕事かもしれない。

文章を書く時間を増やすのかもしれない。

また何か商売を考えるのかもしれない。

ただ、昔と一つ違うことがある。

もう、

「立派な何者かにならなければならない」

とは、以前ほど思わなくなった。

社長でなくていい。

成功者でなくていい。

先生でなくてもいい。

警備員でもいい。

警備員でなくてもいい。

ただし、

まだ終わっていない人間ではいたい。

警備員を辞めたら、私は何者になるのか

現場に車が来た。

私は誘導棒を上げる。

車を止める。

歩行者を通す。

確認する。

そして誘導棒を振る。

「こちらへ、どうぞ」

車が私の横を通り過ぎていく。

ふと私は思った。

この五年間、私はずっと他人に、

「こちらへどうぞ」

と言ってきた。

右へどうぞ。

左へどうぞ。

お進みください。

少々お待ちください。

安全を確認して、

人の行く方向を示してきた。

ところが、

自分がどちらへ行けばいいのかだけは、

誰も誘導してくれない。

当然である。

私の人生の配置図など、現場監督も持っていない。

Googleマップにも出てこない。

矢印看板もない。

そのうえ64年間も走ってきた道だから、ところどころ穴が開いている。

店を潰したあたりには、かなり大きな穴がある。

離婚したあたりには、迂回路すらない。

それでも道は、

どういうわけか、

まだ少し先まで続いている。

私は誘導棒を持ったまま、その先を見る。

警備員を辞めたら、

私は何者になるのか。

わからない。

だったら、

しばらくわからないままでいい。

何者になるかは、

歩いてから決めてもいいだろう。

私は車を一台通した。

もう一台来た。

赤い棒を振る。

「はい、こちらへどうぞ」

その瞬間、

誰に言われたわけでもないのに、

私もそちらへ行ってみようか、

という気がした。

警備員の次に何があるのかは、まだわからない。

ただ、

「何もない」と決めるには、まだ少し早い。

何かあるだろう。なんて楽観的にはいかないが、ね。

-警備員物語100

執筆者:

関連記事

【警備員物語05】警備員は人生の吹きだまり

ここは負け犬の集まりなのか 警備員になってしばらく経った頃、私は現場でこんなことを考えるようになった。 「ここは人生の吹きだまりなのか。」 決して見下しているわけではない。 私自身、その吹きだまりに流 …

警備員の現場には“得意技”がある|役割配置で光る「七人の警備員」、それぞれの持ち味

7人と言いながら一人足りないぞーー! 警備員の仕事というと、ただ立って誘導しているだけに見えるかもしれない。だが、実際の現場はそんなに単純ではない。 工事現場でもイベントでも、うまく回っている現場には …

【警備員物語26】片側交互通行―命をつなぐキャッチボール

警備員になって分かったことがある。 片側交互通行。 通称「カタコウ」。 この仕事ほど、人間が見える仕事はないかもしれない。 工事で道路の半分がふさがれる。 残った一本の道を、片方の警備員が車を止め、も …

即日OK!未経験でも今日から稼げる警備員の始め方(驚きのウソのようなホントの話!もあり)

「今日から働いて、今すぐお金がほしい…」そんなときに頼れるのが、即日勤務・日払いOKの警備員バイトです。 面接当日に現場へ直行できるケースも多く、未経験でも安心して始められます。この記事では、即日稼げ …

警備現場のやりがい|別れぎわに「またどこかで」と言われた日

警備の仕事は、きつい。 寒さも、眠気も、足のだるさもある。立っているだけで、一日が終わる日もある。それでも、たまに救われる瞬間がある。 「ありがとう」 通りすがりの人が、こちらの誘導に一礼して言ってく …

再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

失敗しても、人生はそこで終わらない。
現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

最新の投稿

カテゴリー

カテゴリー

<PR>


<PR>