
警備員の世界には、本当にいろいろな人がいる。
定年後の第二の仕事として来た人。生活のために働く人。借金を返すために必死な人。元職人。元料理人。元会社員。そして、副業として警備をしている人。
警備という仕事は、資格や経験がなくても始めやすい。
だから昔から、役者、ミュージシャン、声優、芸人、映像関係、ライター……「いつか売れたい」と夢を追いかける人たちも少なくなかった。
それ自体は悪いことではない。
夢を持っている人は好きだ。
私自身も広告の世界にいたし、店を経営し、イベントを企画し、文章を書き続けている。だから、何かを目指している人を笑う気はまったくない。
だが、たまに困った人がいる。
私は心の中で「ギョーカイ勘違い野郎」と呼んでいる。
まだ何者にもなっていない。
作品も売れていない。
テレビにもほとんど出ていない。
生活費は警備の給料で成り立っている。
それなのに、現場へ来ると、まるで大スターのような態度なのである。
電話一本受けるだけでも妙に横柄だ。
「俺は業界の人間だから」
そんな空気を全身から漂わせている。
こちらが普通に話しかけても、どこか上から目線。
警備の仕事をしているのに、心は赤坂か六本木のテレビ局にいるらしい。
さらに困るのは、自慢話が止まらないことだ。
「○○さん知ってる?」
「この前、△△のライブの楽屋でさ。」
「昔、□□さんと飲んだことあるんだよ。」
話を聞いていると、本人が何かを成し遂げたわけではない。
有名人の近くにいただけ。
同じ空気を吸っただけ。
エレベーターで一緒になっただけ。
それでも、なぜか本人は勲章のように語る。
私は広告代理店に十年以上いた。
イベントも企画した。
芸能人やミュージシャンと仕事をすることもあった。
だから分かる。
本当に一流の人ほど、自分から人脈をひけらかさない。
むしろ普通に接する。
名前を出して自分を大きく見せようとはしない。
だから余計に、「知り合い自慢」でしか自分を表現できない人を見ると、少し切なくなる。
警備の現場は不思議な場所だ。
社会の縮図でもあり、人生の吹きだまりでもある。
夢を追う人もいる。
夢をあきらめた人もいる。
そして、ごくまれに、夢と現実の境目が見えなくなってしまった人もいる。
もちろん、本当に役者として成功する人もいる。
声優として売れる人もいる。
それは素晴らしいことだ。
しかし、成功する人ほど、今目の前にある仕事を大切にする。
交通誘導なら交通誘導。
歩行者への声掛けなら声掛け。
現場では、誰よりも真面目だ。
夢があることと、今の仕事を軽く見ることは、まったく別の話なのである。
警備員という仕事は、不思議なほど人間性が表れる。
暑さの中で立ち続ける。
理不尽に怒鳴られる。
感謝されることは少ない。
そんな毎日を繰り返していると、肩書きもプライドも、少しずつ剥がれ落ちていく。
最後に残るのは、その人の人柄だけだ。
「俺は業界人だから。」
そんな言葉は、現場では何の役にも立たない。
歩行者を安全に通すこと。
仲間と気持ちよく仕事をすること。
それができる人のほうが、私はずっと格好いいと思う。
警備員ブルースを書いていると、いろいろな人の顔が浮かぶ。
笑える人。
泣ける人。
腹の立つ人。
そして、「ああ、この人も人生にもがいているんだな」と思える人。
ギョーカイ勘違い野郎も、その一人である。
夢を見ることは、悪くない。
だが、夢を語る前に、今日の現場をきちんと務める。
それが、本当のプロへの第一歩なのではないかと、私は思っている。
