
「60代で警備員をやっているなんて、若いころは想像もしなかった」
これが正直なところである。
若いころ、私はマーケティングを学んだ。
広告の世界に入り、企画を考えた。
商品をどう売るか。
人はなぜ買うのか。
どういう言葉なら人の心が動くのか。
販売促進、イベント、広告。
毎日のように、そんなことを考えていた。
自分で店をやったこともある。
うまくいったこともあれば、失敗したこともある。
そして人生は、思い描いていた方向とはずいぶん違うところへ流れていった。
気がつけば、警備員。
誘導棒を持って道路に立っている。
人生とは、わからないものである。
60代になると、仕事の入口が狭くなる
求人を見ればわかる。
年齢不問と書いてあっても、
「本当に60代でもいいのか?」
と思う求人はいくらでもある。
経験があっても関係ない。
若いころ何をやってきたかより、年齢の数字が先に見られることもある。
そんな中で、警備は比較的入口が広かった。
現場に出れば、60代も70代もいる。
元営業マン。
元自営業。
元運転手。
元経営者。
いろいろな人間が、制服を着て同じ現場に立っている。
「あんた、前は何やってたの?」
休憩時間にそんな話になる。
聞いてみれば、一人ひとりに、それまでの人生がある。
警備員というのは不思議な仕事だ。
人生のいろいろな場所から流れてきた人間が、同じ制服を着て立っている。
私は以前、この場所を人生の波止場のようだと書いた。
今でもそう思う。
ただし、波止場に永住する必要はない
警備という仕事には助けられた。
働けば給料になる。
年齢を重ねても仕事がある。
生活を立て直すにはありがたい。
だから警備という仕事そのものを否定するつもりはない。
しかし、私は最近、別のことも考える。
このままずっと、ここにいるのか?
夏の炎天下。
冬の北風。
長時間の立ち仕事。
遠い現場への通勤。
若いころなら一晩寝れば戻った疲れが、なかなか抜けない。
年齢を重ねれば、当然、体力は落ちていく。
だったら、これから必要なのは、
体力だけで稼ぐ割合を少しずつ減らすこと
ではないだろうか。
警備を明日全部辞める、という話ではない。
今の収入を確保しながら、次の仕事をつくる。
その準備を始める。
65歳を前にした今、私はそう考えるようになった。
そこで、AIが現れた
前回、AIと建築現場は似ている、と書いた。
AIが土台や骨組みを手伝い、最後は人間が仕上げる。
文章でも同じではないか、と。
実際、私は今、AIを使いながら文章を書いている。
最初は面白い道具だと思った。
しかし使っているうちに、
これは60代の人間にとって、かなり大きな道具になるんじゃないか
と思うようになった。
若い人と同じ体力はない。
作業速度でも負ける。
新しい技術を覚える速度だって、若いころとは違う。
しかし、こちらには時間をかけて蓄積したものがある。
経験。
知識。
失敗。
人脈。
人を見る目。
仕事の勘。
問題は、それを形にする体力と時間が足りなくなっていることだった。
そこをAIが補ってくれる。
これは大きい。
若いころのマーケティングが、また頭をもたげてきた
AIを使って文章を書いていると、昔の自分がときどき顔を出す。
「誰に読ませる?」
「この記事で何を伝える?」
「タイトルはそれでいいのか?」
「読んだ人に、次に何をしてほしい?」
広告の仕事をしていたころ、当たり前のように考えていたことだ。
長い間、そんな能力はもう過去のものだと思っていた。
警備員になった自分には関係ない、と。
ところが違った。
残っているのである。
マーケティングを学んだこと。
広告の現場で覚えたこと。
企画書を何本も作ったこと。
人に説明したこと。
商品を売ろうと頭をひねったこと。
店を経営して客を呼ぼうとしたこと。
成功だけではない。
失敗したことまで残っている。
AIを使い始めたことで、それらをもう一度引っ張り出せるような気がしてきた。
AIに人生経験はない
もちろんAIはすごい。
文章をつくる。
情報を整理する。
アイデアを出す。
構成を考える。
昔なら何時間もかかった作業が、ずいぶん速くなる。
しかし、AIにはないものがある。
私が若いころ広告会社で経験したことを、AI自身が経験したわけではない。
店をやって客が来なかった夜も知らない。
警備員として真夏の道路に立ったこともない。
通行人から怒鳴られたこともない。
老人から、
「ご苦労さま」
と言われて妙にうれしくなったこともない。
工事現場の上に、とんでもなく美しい空が広がった瞬間も知らない。
経験そのものは、人間側にある。
AIは、それを掘り出して、整理して、形にする手伝いができる。
そう考えると、60代とAIは案外相性がいいのではないか。
体力は若いころよりない。だが知力まで捨てる必要はない
これは、自分自身への戒めでもある。
年を取った。
疲れる。
忘れる。
集中力も昔ほど続かない。
これは認めるしかない。
でも、
「年を取った=もう何もできない」
ではない。
若いころにはなかった判断がある。
経験がある。
失敗のデータがある。
「あれはやめたほうがいい」
という勘もある。
昔のように徹夜して企画書を作る必要はない。
AIに下調べを手伝わせる。
構成を一緒に考える。
文章の骨組みをつくる。
そして最後は自分で読む。
違うと思ったら直す。
自分の経験を入れる。
自分の言葉にする。
今の体力と、今の知力でやればいい。
若いころと同じ戦い方をする必要などないのだ。
警備員をやりながら、次の仕事をつくる
だから私は、これからの仕事を二つに分けて考えたい。
一つは、今の生活を支える仕事。
もう一つは、これからをつくる仕事。
警備は前者である。
そして文章、ブログ、企画、マーケティング、AIを使った仕事を、少しずつ後者へ育てる。
いきなり大金を稼ごうとは思わない。
まず一本書く。
発信する。
読まれるものを調べる。
また書く。
自分の経験の中から、誰かの役に立つものを掘り起こす。
小さくてもいいから収入につなげる。
その繰り返しだ。
若いころなら、
「一発当ててやろう」
と思ったかもしれない。
今は少し違う。
倒れない形で続ける。
これも年齢を重ねた人間の戦い方なのだと思う。
65歳から、もう一度マーケティングをやってみる
考えてみれば面白い。
若いころ、私はマーケティングを学んだ。
広告の仕事をした。
それから何十年もたった。
インターネットが現れた。
SNSが現れた。
そして今、AIが現れた。
仕事の道具はまったく変わった。
しかし、
「人は何に悩んでいるのか」
「何を欲しがっているのか」
「どう伝えれば届くのか」
という根っこの部分は、それほど変わっていないのかもしれない。
だったら、もう一度やってみようと思う。
20代の自分ではない。
65歳の自分で。
警備員を経験した自分で。
成功も失敗も、離れた道も全部抱えたまま。
そしてAIという、昔にはなかった道具を持って。
波止場から、次の船を出す
警備員は、私にとって人生の終着駅ではない。
やはり波止場なのだと思う。
いろいろな事情で流れ着いた。
ここで働いた。
人間を見た。
街を見た。
空を見た。
自分自身も見た。
そして今、次の船をどうするか考えている。
若いころと同じ船には乗れない。
体力も違う。
時代も違う。
ならば、新しくつくればいい。
経験 × マーケティング × 文章 × AI。
それが何になるのか、まだ私にもわからない。
わからないから、やってみる。
警備員の制服を明日すぐ脱ぐわけではない。
生活は現実だ。
だから現場にも行く。
そして帰ったら、パソコンを開く。
一本でも書く。
AIと話す。
昔覚えたマーケティングを、もう一度引っ張り出す。
これまでの人生を材料にする。
そうやって少しずつ、体力で稼ぐ仕事から、経験と知力で稼ぐ仕事へ重心を移していく。
65歳。
遅いかもしれない。
でも、遅いかどうかは、やってみなければわからない。
もう一度、挑戦してみる。
若いころの体力ではなく、
今の私なりの体力と知力で。
