警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

【警備員物語85】警備員は底辺?やめとけ?きつい?現役64歳が「警備員になったら人生終わり」と言われる理由を全部話す

投稿日:

「警備員 底辺」

「警備員 やめとけ」

「警備員 きつい」

「警備員 誰でもできる」

「警備員 恥ずかしい」

「警備員 人生終わり」

警備員についてインターネットで調べると、ずいぶん景気の悪い言葉が並ぶ。

これから警備員になろうとしている人がこんな言葉を見たら、

「やっぱり、やめておこうかな」

と思うだろう。

だが、私は笑えない。

なぜなら59歳で警備員になるころ、私自身が似たようなことを考えていたからだ。

「警備員になったら、人生終わりだよ」

誰かに言われた言葉ではない。

私自身の頭の中にあった言葉だった。

そして現在、64歳。

警備員になって六年近くになる。

では、私の人生は本当に終わったのか。

今日はそこを、きれいごと抜きで書いてみたい。

警備員は底辺なのか。

警備員は誰でもできるのか。

警備員の仕事は本当にきついのか。

60代でもできるのか。

なぜ「警備員はやめとけ」と言われるのか。

そして、

警備員になったら、本当に人生は終わるのか。

現役警備員として、私自身の経験から考えてみる。

「警備員は底辺」と検索されるのはなぜなのか

そもそも、なぜ「警備員 底辺」などという言葉が検索されるのだろう。

警備員として働いている側からすれば、あまり気持ちのいい言葉ではない。

しかし、そういうイメージが存在すること自体を無視しても仕方がない。

特に私がやっている交通誘導警備は、道路工事や建築現場などで働くことが多い。

道路に立つ。

誘導棒を振る。

車を止める。

歩行者に頭を下げる。

暑い。

寒い。

雨も降る。

制服姿で一日中立っている。

外から見ると、華やかな仕事にはまず見えない。

そして求人を見ると、未経験者歓迎、年齢不問などの募集も目につく。

そのため、

「ほかに仕事がない人が最後にやる仕事」

というイメージを持つ人もいるのだろう。

実を言えば、私自身にもそういう気持ちがあった。

だからこそ、この問題は他人事ではない。

59歳、仕事が見つからず最後に残ったのが警備員だった

50代の終わり。

私は仕事を探していた。

それまで何もしてこなかったわけではない。

広告関係の仕事をした。

営業もした。

企画もやった。

フリーでも仕事をした。

DJとライブの店も経営した。

店は失敗した。

その後、地方の宿泊施設でも働いた。

配送もした。

飲食もやった。

いろいろやった。

それでも、50代の終わりになると再就職は簡単ではなかった。

履歴書を書いた。

応募した。

落ちた。

また応募した。

また落ちた。

警備会社にさえ何社か落とされた。

そして最終的に、今の警備会社に入った。

59歳。

交通誘導警備員。

正直に書こう。

最初から、

「警備という素晴らしい仕事で社会に貢献したい」

と思っていたわけではない。

仕事が必要だった。

金が必要だった。

生きるためだった。

だから警備員になった。

「警備員になったら人生終わり」と私自身が思っていた

警備員になる前、私には妙なプライドが残っていた。

昔は広告の仕事をしていた。

企画を考えていた。

人と打ち合わせをしていた。

店も持った。

ホテルでは管理する側の仕事もした。

それが今度は、道路に立って、

「どうぞー」

「お待ちくださーい」

である。

頭の中で、

「俺、ここまで来たか」

と思った。

今だから書ける。

当時の私は、警備員という仕事を下に見ていた部分があったのだと思う。

だから、

「警備員になったら人生終わり」

という言葉が頭の中を回った。

ところが皮肉なことに、その「人生終わり」と思って始めた仕事を、私は六年近く続けている。

人生というものは、予定どおりにはいかない。

警備員は誰でもできる?入口が広いことと仕事が簡単なことは違う

「警備員なんて誰でもできる」

これもよく言われる。

確かに、職種や会社によっては未経験から入りやすい仕事だと思う。

私も特別な警備経験があって入ったわけではない。

では、誰でもできるのか。

半分は、そうかもしれない。

しかし、

「採用されやすい」と「仕事をきちんとできる」は別の話である。

実際に交通誘導をやってみると、ただ棒を振っていればいいわけではない。

車を見る。

歩行者を見る。

自転車を見る。

工事車両を見る。

作業員を見る。

反対側の警備員を見る。

無線を聞く。

現場全体の動きを読む。

「あの車、こちらへ入ってくるな」

「あの自転車、こちらを見ていないな」

「あの歩行者、工事区域へ入りそうだな」

そんなことを先回りして考える。

そして何かあれば、一瞬で判断する。

判断を誤れば事故につながる。

誰でも警備員にはなれるかもしれない。

しかし、

誰でも良い警備員になれるわけではない。

六年近くやってきて、これははっきり思う。

警備員はきつい?交通誘導警備は普通にきつい

では、警備員はきついのか。

これは、

きつい。

少なくとも私が経験してきた交通誘導警備には、きつい部分が普通にある。

夏。

暑い。

道路の上には日陰がないこともある。

冬。

寒い。

風が吹けば、さらに寒い。

雨。

カッパを着る。

蒸れる。

足元も濡れる。

そして基本的には立ち仕事である。

現場によってはトイレにも困る。

集合場所が遠いこともある。

前日に勤務指示を受けたあと、現場が変更されることもある。

予定より早い集合時間に変わることもある。

毎日同じ場所へ通う仕事とは違う疲れがある。

64歳になると、

「若いころと同じようにはいかないな」

と身体が教えてくれる。

警備員は楽な仕事だ、と私は言わない。

逆に「警備員は楽」と感じる現場もある

ところが面白いことに、

「今日はこれで給料をもらっていいのか」

と思うような日もある。

前回書いた電気工事の現場がそうだった。

通行止めの場所に立つ。

ほとんど車が来ない。

歩行者が来たら、

「お気をつけてどうぞ」

自転車が来たら、

「お気をつけて」

また立つ。

一時間。

二時間。

何も起きない。

だから警備員という仕事は、一言で「きつい」「楽」と決められない。

現場による。

これが非常に大きい。

忙しい現場。

暇な現場。

人間関係のいい現場。

嫌な現場。

近い現場。

遠い現場。

早く終わる現場。

時間いっぱいまでやる現場。

同じ会社の同じ警備員でも、一日の内容がかなり違う。

これも交通誘導警備の特徴だと思う。

「警備員はやめとけ」と言われる理由

では、なぜ「警備員はやめとけ」と言われるのか。

私自身の経験から言えば、理由は一つではない。

身体がきつい。

現場によって環境が変わる。

交通誘導では屋外勤務が多い。

人間関係も現場ごとに違う。

予定変更もある。

長く続けていると、

「俺はこの先どうするのだろう」

と思うこともある。

しかし、それだけなら警備員に限った話ではない。

世の中にはきつい仕事はいくらでもある。

むしろ私が怖いと思うのは、

仕事に慣れすぎることだ。

警備員は「とりあえず働く」には強い仕事だった

私が警備員になった理由は、単純だった。

仕事が必要だったからだ。

そして実際、助けられた。

現場へ行く。

働く。

給料になる。

生活がつながる。

59歳で仕事に困っていた人間にとって、これは大きかった。

だから私は、

「警備員なんかやるな」

とは言わない。

むしろ逆である。

仕事がない。

すぐ働きたい。

生活を立て直したい。

そういう時期に警備という仕事が一つの選択肢になる人はいると思う。

私自身がそうだった。

問題は、

「とりあえず」が、いつまで続くのか

ということである。

「とりあえず警備員」が六年近く続いた

最初は、

とりあえずだった。

とりあえず働こう。

とりあえず金を稼ごう。

そのうち次を考えよう。

一年経った。

二年経った。

三年。

四年。

五年。

そして現在、六年目。

私は64歳になった。

「とりあえず」にしては、ずいぶん長い。

人間というものは、恐ろしいほど環境に慣れる。

最初は嫌だった制服にも慣れる。

ヘルメットにも慣れる。

誘導棒にも慣れる。

初めて行く現場にも慣れる。

「明日は○○です」

と言われれば、

「はい」

と答える。

そのうち、

自分が本当は何をしたかったのかまで分からなくなる。

警備員に将来性はないのか?

「警備員 将来性」

これを調べる人もいるだろう。

しかし、この問いには二つの意味があると思う。

一つは、

警備業界そのものに将来があるか。

もう一つは、

警備員になった自分に、これからどんな人生があるか。

私が今、気になっているのは後者である。

警備会社で資格を取り、責任者を目指す道もある。

施設警備へ移る道もある。

別業種へ転職する道もある。

警備を続けながら副業をする方法もある。

自分で小さな商売を始める方法もある。

つまり、

警備員になった瞬間に将来が決まるわけではない。

警備員になったあと、何をするかで変わる。

60代でも警備員はできる?私は59歳から始めた

私は59歳で始めた。

だから、

「60代でも警備員になれますか」

と聞かれれば、

少なくとも私は60代になっても働いている、と答えられる。

ただし、

「60代なら誰でも大丈夫です」

とは言えない。

体力も違う。

健康状態も違う。

交通誘導なのか施設警備なのかでも違う。

勤務時間も違う。

現場環境も違う。

大切なのは、

年齢だけではなく、その仕事を自分が続けられるかを見ること

だと思う。

私自身、64歳になって、交通誘導をいつまで続けるか考えるようになった。

だからマンション管理員にも応募した。

落ちた。

施設管理なども考えている。

便利屋をもう一度やることも考えている。

書くことも続けている。

つまり、

私は今、警備員をしながら次を探している。

警備員から転職するなら、警備経験を「ただの警備」で終わらせない

警備員から別の仕事へ移るとき、

「警備員しかやっていません」

と考えてしまうと弱い。

しかし六年近く現場に立って分かった。

実際にはいろいろやっている。

時間を守る。

初めての場所へ行く。

知らない人と仕事をする。

ルールを守る。

周囲を見る。

危険を予測する。

人に説明する。

怒っている相手にも対応する。

異常があれば報告する。

一日立って仕事をする。

こうした経験を別の仕事の言葉へ翻訳すればいい。

マンション管理。

施設管理。

公共施設。

接客。

現場管理補助。

その他にもつながるものはあるはずだ。

問題は、

自分から「警備員なんて何の経験にもならない」と決めつけないことだ。

「警備員は恥ずかしい」と思っていたのは誰だったのか

ここまで書いて、私は一つ気づく。

「警備員になったら人生終わり」

「警備員は恥ずかしい」

そう思っていたのは、

世間だったのだろうか。

それとも、

私自身だったのだろうか。

たぶん、後者もかなり大きい。

広告の仕事をしていた自分。

店を経営していた自分。

ホテルで働いていた自分。

それらと道路に立つ自分を比べて、

「落ちた」

と考えた。

しかし、道路に六年近く立ってみれば分かる。

職業名が人間の価値を決めるわけではない。

立派な肩書を持った嫌な人間もいる。

警備員の制服を着た立派な人間もいる。

逆もいる。

当たり前の話である。

職業だけで人間の上下を決めるほうが、おかしい。

ただし「警備員は素晴らしい仕事です」で終わらせる気もない

ここで、

「警備員は社会を守る尊い仕事です。誇りを持ちましょう」

と締めれば、きれいである。

しかし私は、それだけを書くつもりはない。

警備員には嫌なところもある。

辞めたい日もある。

私は実際、何度も辞めたいと思った。

そして今も、

次の仕事を探している。

これも事実である。

警備員という仕事を否定する必要はない。

同時に、

警備員である自分に満足しなければならない理由もない。

感謝しながら辞めてもいい。

働きながら転職活動をしてもいい。

警備員を生活の土台にして、別のことを始めてもいい。

警備員を「人生の終点」にする必要はない

前回、私は警備員を、

「準備期間」

と考えてみた。

これは今の私にかなりしっくり来ている。

警備で生活費を稼ぐ。

その間に次を準備する。

転職先を探す。

必要なら勉強する。

自分で仕事を作れるか試す。

文章を書く。

『警備員ブルース』を100話まで書く。

警備員を辞めてから人生を考えるのではない。

警備員をやっている今、次の人生を作り始める。

それでいい。

警備員になったら人生終わり?現役64歳の答え

では、最初の質問に戻ろう。

警備員になったら人生は終わるのか。

59歳の私なら、

「終わったかもしれない」

と答えたと思う。

64歳の私は違う。

終わらなかった。

仕事へ行った。

給料をもらった。

いろいろな人間に会った。

嫌なこともあった。

笑ったこともあった。

転職も考えた。

文章を書き始めた。

そして今、

こうして『警備員ブルース』を書いている。

もし59歳で警備員になっていなかったら、この文章も存在しない。

人生とは妙なものである。

「終わった」と思った場所が、

何年かあとには、

次の何かを始める材料になっている。

本当に怖いのは「警備員になること」ではない

私は今、こう思っている。

怖いのは、

警備員になることではない。

警備員を続けることでもない。

「俺の人生はもうこんなものだ」と、自分で決めてしまうことだ。

これは警備員に限らない。

会社員でも同じだろう。

自営業でも同じだろう。

無職でも同じだろう。

64歳でも同じだ。

「もう無理だ」

「もう遅い」

「どうせ変わらない」

そう言って、自分で道路を封鎖してしまったら、

そこから先へは行けない。

私は仕事では毎日のように通行止めをしている。

だからせめて、

自分の人生まで通行止めにはしたくない。

「警備員は底辺」ではなく、私はここから何をするのか

59歳。

仕事が見つからなかった。

警備員になった。

「人生終わったな」

と思った。

そして六年近くが過ぎた。

64歳。

私はまだ警備員である。

でも、

まだ書いている。

まだ仕事を探している。

まだ自分で何かできないか考えている。

まだ夢を持とうとしている。

そして何より、

まだ生きている。

だったら、

まだ終わりではない。

警備員が底辺かどうか。

そんなことを六年考えている暇があったら、

その場所から次にどこへ行くかを考えたほうがいい。

底辺だと言う人には、言わせておけばいい。

私は今日も制服を着る。

誘導棒を持つ。

車を止める。

歩行者を通す。

そして仕事が終わったら、

また次のことを考える。

警備員になったから、人生が終わったのではない。

人生が終わるとすれば、

自分で、

「もう、これでいい」

と決めたときなのだと思う。

私はまだ、

そう決めていない。

64歳。

警備員。

六年目。

人生は、まだ工事中である。

この個性は気に入りましたか?

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再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

失敗しても、人生はそこで終わらない。
現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

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