
警備会社には、必ず一人はいる。
声が大きい。
指示が鋭い。
現場を引き締める。
そして新人には、やたら厳しい。
私が勝手に「キャプテン隊長」と呼んでいた男が、まさにそうだった。
初めて一緒の現場になった日のことを、今でもよく覚えている。
私は入社したばかりで、交通誘導もまだぎこちなかった。
歩行者への声かけも遠慮がちだった。
すると無線から声が飛んできた。
「もっと歩行者を見て誘導してください!」
「了解です。なるべくそうします。」
私は何気なく返事をした。
次の瞬間だった。
「『なるべく』とは何だー!」
無線が割れんばかりの大声だった。
周りの隊員まで一瞬黙る。
私は思わず顔をしかめた。
(なんだ、この人。)
こちらも短気である。
理不尽に怒鳴られるのは昔から好きではない。
広告代理店でも、飲食店でも、言い返してしまう性格だった。
だから、この隊長とも何度か小競り合いになった。
向こうも、
「うるさい新人だ。」
そう思っていただろう。
私も、
「ずいぶん偉そうな隊長だな。」
と思っていた。
年齢も、たぶん私より少し若い。
それでも指示の出し方は、まるで高校野球のキャプテンだった。
だから私は心の中で彼を「キャプテン隊長」と呼ぶようになった。
ところが、その印象をひっくり返す出来事が起きる。
入社して二年目の夏だった。
東京の暑さは異常だった。
アスファルトから照り返す熱。
空気まで熱い。
誘導棒を握る手にも力が入らない。
その日、私は自分でも気づかないうちに熱中症になっていた。
足元がふらつく。
言葉がうまく出てこない。
自分では普通に話しているつもりなのに、周りから見ると様子がおかしかったらしい。
誰かが無線で報告した。
すると、あのキャプテン隊長が駆け寄ってきた。
私はまた怒鳴られるのかと思った。
ところが違った。
「どうした?」
その声は驚くほど静かだった。
私の腕を支えながら、公園の木陰まで連れていく。
「ここで休もう。」
「静かにして。」
私は申し訳なくなり、
「すみません……。」
と言おうとした。
すると彼は、少し強い口調で言った。
「いいから黙って。」
「今は何もしゃべらなくていい。」
いつもの怒っている表情とは全く違った。
助けようとしていたのだ。

それから支社へ連絡が入り、迎えの車が来た。
冷房の効いた車内で体を冷やし、その日はそのまま帰宅した。
意識がぼんやりする中で、最後まで覚えているのは、キャプテン隊長の落ち着いた表情だった。
あの日から私は、彼の呼び名を変えた。
「熱中キャプテン。」
熱中症から助けてくれたキャプテン。
口うるさい。
厳しい。
新人には容赦がない。
だけど、本当に人が困ったときには、一番先に動く。
それが彼だった。
あの日、私は初めて彼の本当の姿を見た気がした。
厳しさは、人を見捨てるためではなかった。
事故を起こさせないためだった。
命を守るためだった。
警備という仕事は、安全を守る仕事である。
だから隊長は厳しい。
その意味が、ようやく分かった。
帰宅してから、昔見た映画の宣伝のナレーションを思い出した。
「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない。」
レイモンド・チャンドラーの作品だったよな、確か。
少し言葉は違うかもしれない。まあいいや。
けれど、あの日のキャプテン隊長を思い出すたびに、この言葉が胸によみがえる。
警備会社には、怒鳴る人もいる。
変わった人もいる。
個性の強い人ばかりだ。
だが、その制服の奥には、思いもよらない優しさを隠している人がいる。
熱中キャプテンは、そんなことを私に教えてくれた。
だから私は今でも、夏になるたびに思い出す。
あの暑い日、公園の木陰で、
「黙って、静かに休んでいればいい。」
と言ってくれた、あの一言を。

「男はタフでなければ生きていけない。
やさしくなければ生きていく資格がない。」
「警備員の証明」とでもいいますか。。。