警備員ブルース日誌

警備という人生の波止場に置き忘れてきたもの

投稿日:

今日は建築現場の警備だった。

昼休みだったか、待機中だったか、若い現場監督から声をかけられた。

「坂田さん、広告代理店にいたんですか?」

どこで聞いたのかと思ったら、同僚の宮崎さんからだという。

宮崎さんは元カメラマンで、聞けばオリンピックの公式撮影にも関わったらしい。警備会社というのは不思議な場所である。警備員の制服を着ていなければ出会うこともなかったような人たちが、当たり前のように隣に立っている。

監督は言った。

「この会社、前職が面白い人が多いですよね」

確かにそうだ。

私自身も、かつては広告代理店にいた。ちょうどバブルの頃だった。

給料そのものは飛び抜けて高かったわけではない。しかし経費は今とは比べものにならないほど自由だった。得意先との接待もあり、地方出張もあり、撮影となればスタジオへ通った。

タレントが現れ、カメラマンがライトを調整し、デザイナーがレイアウトをめくり、コピーライターが煙草をくゆらせながら原稿を書き直していた。

今思えば、あれは一種の祭りだったのかもしれない。

私はそんな昔話を監督にぽつぽつと話した。

別に親しい相手でもない。だからこそ気楽に話せたのだろう。

話しているうちに、不意に昔の感覚がよみがえってきた。

そういえば、企画を考えるとき、私は何から始めていただろう。

まず誰に相談していたのか。

最初のラフ案は、どんな紙に、どんな字で書いていたのか。

いい企画ができたとき、私は何に満足していたのか。

思い出そうとすると、意外に思い出せない。

ただ一つ覚えているのは、面白い企画が浮かぶまで帰れなかったことだ。

夜遅く会社に残り、机に肘をつきながら考え続けた。

電車がなくなりそうな時間になっても、まだ考えていた。

徹夜になったことも一度や二度ではない。

苦しかった。

しかし、あの頃の私は間違いなく何かを追いかけていた。

企画が通ったときの喜び。

広告が世に出たときの高揚感。

誰かに「面白いですね」と言われたときの誇らしさ。

そんなものを確かに持っていた。

建築現場の脇で誘導棒を持ちながら、そのことを思い出した。

失ったと思っていたものは、本当に失われたのだろうか。

警備員になった。

店も閉じた。

歳も取った。

できる仕事も減った。

だが、企画を考えていた人間そのものが消えたわけではない。

ただ長い間、波止場のどこかに置き忘れていただけなのかもしれない。

百貨店の搬入口。

建築現場。

道路工事の規制帯。

そんな場所を転々としながら、私は自分が何者だったのかを忘れていた。

しかし今日、若い現場監督との何気ない会話が、その置き忘れた荷物の在りかを少しだけ教えてくれた。

人生は不思議なものである。

大事なことほど、思い出そうとしても思い出せない。

だが、ふとした会話や、見知らぬ誰かの一言によって、突然よみがえることがある。

今日の収穫は、それだった。

私は警備員として一日を終えた。

しかし心のどこかでは、昔の企画マンが久しぶりに目を覚ましていたのである。

-警備員ブルース日誌

執筆者:

関連記事

警備員の仕事は意外と面白い|イベント・観光地・展示会で働く魅力とは

「警備員の仕事」と聞くと、ただ立っているだけ、地味、きつい——そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。 けれど実際にやってみると、警備の仕事は思っているよりずっと変化があり、現場ごとに空気が違う仕 …

no image

警備員は「ただ立っている」だけじゃない。そこには深い意味がある

警備員は本当に「ただ立っているだけ」なのか 警備員という仕事は、外から見ると単純に見える。 道路の端に立っている。工事現場の入口に立っている。施設の前に立っている。駐車場で車を案内している。 だから、 …

警備員の現場でわかる街の性格|東京の土地ごとに違う空気と人間模様

工事現場の警備員をやっていると、都内のいろいろな街に行く。杉並、練馬、世田谷、板橋、渋谷、新宿、北区――。 同じ交通誘導の仕事でも、立つ場所が違えば、空気が違う。通る人の歩く速さ、声のかけ方、クレーム …

今日の警備が「つまらん」と感じた理由|警備員を辞めたい60代が思うこと

一緒に働く人間関係が、仕事の質を決める 今日の警備は、正直つまらんと感じた。 その理由は現場そのものではなく、一緒に働いたスタッフの態度によるものだ。 4人の現場だったが、そのうち2人は挨拶もしない。 …

警備員が辞めず5年以上続く理由を実体験から解説|居心地が良い人の特徴とは

警備員は「辞められないほど居心地が良い」「5年以上続く人が多い」と言われる職種です。とはいえ、実際にどんな理由で長続きしているのか、ネットでは表面的な情報ばかりで本当のところがわからない……そんな人も …

広告系プランナー、フリープランナーを経て店舗経営に挑戦するも失敗。
その後、地方ホテル支配人、配送ドライバー、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験。
現在は警備の現場に立ちながら、警備員や現場仕事を人生の再起の入口として発信しています。
成功談だけではなく、落ちた側・働く側のリアルを知る者として、
再起を応援する「再起プランナー」として発信中。

カテゴリー

カテゴリー

人気記事