【警備員物語11】ラジオの平さん ― 現場は今日も生放送中

警備の仕事にも、少しだけ慣れてきた頃だった。
もうそろそろ新人ではない。
かといってベテランでもない。
ようやく現場の空気が読めるようになり、隊長のクセも分かるようになってきた頃、一人の男性警備員と組むことになった。
私より少し若い。
五十代半ばくらいだろうか。
現場へ向かう途中から、もう話し始めた。
「いやあ、つとめてた会社つぶれちゃってさ。」
早い。
まだ現場にも着いていない。
「長く勤めてた店だったんだけどね。」
「しょうがなく警備に来たんだよ。」
「女房には文句言われるしさ。」
「子どもにも、お父さん大丈夫なのって言われちゃって。」
止まらない。
私は相づちを打つだけで精一杯だった。
ところが不思議と嫌な感じはしない。
この人、自分でも言っていた。
「俺、おしゃべりなんだよ。」
へぇぇぇ
確かに、その通りだった。
へぇぇぇ
休憩時間になる。
缶コーヒーを一本開ける。
そこからまた放送開始である。
家族のこと。
前の会社のこと。
若い頃のこと。
失敗した話。
笑える話。
笑って、笑って、笑って、大笑い。
「あ、それでさ!」
また始まる。
私は思わず笑ってしまった。
警備の仕事というのは、静かな時間が多い。
立っている。
歩く。
誘導する。
その繰り返しだ。
だからこそ、こういう人が一人いると現場の空気が軽くなる。
少々うるさい。
いや、かなりうるさい。
でも、元気が出る。

私は自分の話もしてみた。
昔、広告代理店にいたこと。
イベントの企画をしていたこと。
音楽の店をやっていたこと。
すると彼は目を丸くした。
「えーっ!広告畑だったの!」
「すげえなあ!」
「そんな人が警備やってるんだ!」
まるで自分のことのように驚いている。
その反応がおかしくて、二人で笑った。
人は見かけでは分からない。
警備服を着てしまえば、みんな同じに見える。
でも制服の下には、それぞれ違う人生が隠れている。
それを知るのが、私はだんだん楽しくなってきた。
その日だった。
休憩場所へ、見慣れた姿が近づいてきた。
「ミス隊長さん」である。
私は心の中で少し笑った。
さて、始まるぞ。
案の定だった。
「あなた、警備何年やってる?」
出た。
続けて、
「私はね、〇年やってるから。」
いつもの”自己紹介”である。
私は横で黙って聞いていた。
ラジオ平さんは、「そうなんですかあ」と笑顔で聞いていた。
その場はそれで終わった。
夕方になって、二人だけになった。
彼が私の顔を見るなり吹き出した。
「言われたよーー!」
「警備何年って!」
「ほんとに聞くんだね!」
コロコロ笑っている。
私は笑いながら言った。
「だから言ったでしょ。」
「あれがミス隊長さんなんですよ。」
それ以来、ラジオ平さんと現場が一緒になるたびに、ミス隊長さんの話になる。
「あの人、今日は来るかな。」
「今日はマウントあるかな。」
そんな冗談を言い合うようになった。
こうしてミス隊長さんは、私たちの間ではますます有名人になっていった。
警備という仕事は、決して楽ではない。
暑い日もある。
寒い日もある。
立ちっぱなしの日もある。
だからこそ、現場にはいろいろな人が必要なのだと思う。
黙って支える人。
きびきび動く人。
細かいことによく気づく人。
そして、一日中しゃべって、周りを笑わせる人。
ラジオ平さんは、その最後の役だった。
現場に流れる無線より、よくしゃべる。
でも、その”放送”のおかげで、退屈だった一日が少しだけ明るくなる。
こんな仲間がいるから、警備という仕事も、案外悪くないのかもしれない。
