警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

【警備員物語 67】孤独の警備員──現場が終われば、一人に還る、「それぞれの事情」から

投稿日:2026年9月4日 更新日:

昨日の現場は、埼玉県の外れだった。

遠い。

とにかく遠い。

電車を乗り継ぎ、バスに乗る。この一本を逃したら来るのは3時間後。

でなければ、30分歩くしかない。

ともあれ、バスに乗ろうとも、現場に着くまで結局2時間ほどかかった。

(バスがなければ、あと20分はかかった)

仕事は広めの道路の工事の交通整理、片側交互通行。

もっとも、車の往来はそれほど多くなかったから、まあよかった。

無線を握って、

ガス工事なので紅白の旗を振る。

「どうぞ」と白旗を振る。

「止めます」と赤旗を振る。

これを工事帯の向こうの警備と合図を繰り返す。

昼過ぎ、仕事は終わった。

早上がりである。ラッキー、といいたいが。

往復の通勤時間を考えれば、何だかよく分からない。

来るまで2時間。かえりも2時間。往復合計4時間。

仕事をしに行ったのか、埼玉県を移動しに行ったのか。

まあ、いい。

日給一日分になるのなら、まずまずだ。

そして現場が終わった。

ここから、警備員たちは独りに還っていく。

警備員の仕事が終わると、さっきまでの仲間は消えていく

終了が告げられると、みんな、そそくさと着替え始めた。

制服を脱ぐ。

安全靴を履き替える。

ヘルメットをしまう。

誘導棒を片づける。

ほんの少し前まで、

「車来ました!」

「了解!」

なんて声を掛け合っていた6人である。

休憩中には雑談もした。

笑ったりもした。

ところが仕事が終わった瞬間、その小さな共同体は解散する。

「じゃ、どうも」

「お疲れさまでした」

「おつかれっす」

それだけ。

誰かが一人、去る。

また一人、去る。

ポツ。

ポツ。

ポツ。

不思議なほど、誰も誰かと連れ立とうとしない。

俺もそうだ。

一緒に帰ろうとも思わない。

むしろ、

一人で帰りたい。ただ、帰る。

警備員同士なのに「一緒に帰る」のが、なぜか気まずい

最寄り駅までは、遠い。

バス停までに生き、バスに乗るか、あるいは30分以上歩くか。

俺はバス停へ向かった。

結局、最後の一人になった。

知らない郊外の道を歩く。

住宅。

空き地。

森。

また住宅。

遠くに車の音がする。

現場から離れていくにつれて、さっきまで着ていた警備服の感覚も薄れていく。

やがてバス停に着いた。

すると、一人いた。

警備員の一人だった。

先に現場を去って男である。

目が合った。

「ども」

「どうも」

なんだか、バツが悪い。

別に喧嘩をしたわけじゃない。

嫌いなわけでもない。

仲がいいわけでもない。悪くもないが。

さっきまで一緒に仕事をしていた。

なのに、二人きりになると妙に困る。

何を話せばいいのだ。

もう、仕事は終わっている。

埼玉の郊外で、青森の田舎道を思い出した

バスを待ちながら周囲を見る。

住宅地。

森。

空き地。

殺風景な郊外の道。

ふと、

青森の田舎を思い出した。

私が育った土地にも、こんな道があった。

森があって、家が途切れて、空き地があって、

その先にまた何かがある。

何十年も前に離れたはずの風景が、埼玉県の知らない町で突然戻ってくる。

人間の記憶というのは妙なものだ。

どこかの森が、

昔の森を呼び出す。

どこかの道が、

昔歩いた道につながってしまう。

は64歳になって、警備員として、見知らぬ土地のバス停に立っている。

子供の頃、

そんな未来を想像したことがあっただろうか。

ない。あるわけがない。

現場では仲間、バスに乗れば他人に戻る

やがてバスが来た。

乗り込む。

バスの中は、空いていた。

よかった。

は、さっきの彼とは離れた席に座った。

彼もこちらには来ない。

別々の席。

さっきまで同じ道路に立っていた二人が、

今度は別々の窓から外を見ている。

バスは俺にはさっぱり分からない田舎道を走った。

どこを走っているのか分からない。

土地勘がまったくないエリアなのだ。

知らないスーパー。

知らない交差点。

知らない団地。

知らない家。

知らない人。

窓の外を、知らない人生ばかりが通り過ぎていく。

やがて終点に着いた。

ここから、駅へ向かい、電車に乗る。

バスの前の方に乗っていた彼が、先に降りた。

少し遅れて、私も降りる。

地上に降りると、彼は、こちらに背中を向けてスマホを見ていた。

たぶん、地図を見ている“ふり”だ。

たぶん。

分かる、話すことがないし、一緒に歩く気もない。

私もやることがある。帰るだけ。話すことはない。

だから、彼と目を合わせないようにそそくさと、駅へ向かう。

もう挨拶はした。

もう仕事は終わった。

だから、これ以上はいい、いらない。

警備員は帰りの電車で「見て見ぬふり」をする

こういうことは、ときどきある。

帰る駅が同じ。

乗るバスも同じ。

電車まで同じ。

ホームの向こうに、さっきの警備員がいる。

気づいている。

向こうもたぶん気づいている。

でも、

気づかないふりをする。

スマホを見る。

電光掲示板を見る。

線路を見る。

やって来る電車を見る。

そして、別々の車両に乗る。

冷たいと言えば、冷たい。

だが、私には、いや彼、彼女にだって何となく分かる。

警備員には、独りに戻る時間が必要なのだ。

警備員には「警備員になった事情」がある

もちろん、警備員同士で仲良くなることもある。

気の合う人間もいる。

何度も同じ現場になれば、冗談も言う。

飯を食うことだってある。

電話番号を交換することもあるだろう。

それでも、どこかで一線を引く。

なぜだろう。

たぶん、

それぞれに事情があるからだ。

警備員になった事情。

警備員を続けている事情。

警備員を辞められない事情。

仕事がなくなった人。

会社を辞めた人。

商売に失敗した人。

年齢で再就職が難しくなった人。

借金がある人。

家族とうまくいかなかった人。

夢を諦めた人。

あるいは、そんな大げさな理由などなく、

ただここにいる人。

俺にも事情がある。

おそらく彼にもある。

少なくとも言えることは、ある程度の年嵩のいった、いわゆるシニアの警備員は、

ほぼ成功者ではない、と言えるだろう。

だから、

「あなた、どうして警備員になったんですか」

とは、なかなか聞けない。

警備員の人間関係は、深く聞かないから成り立っている

現場では、相手の過去など知らなくても仕事ができる。

必要なのは、

「車来たよ」

「了解」

「止めます」

「どうぞ」

そんなやりとりで十分。

昨日まで何をしていたかなんて関係ない。

何に失敗したかも関係ない。

どんな家に帰るのかも関係ない。

妻がいるのか。

子供がいるのか。

独りなのか。

貯金があるのか。

年金はいくらなのか。

明日の仕事があるのか。

そんなことを知らなくても、

今日一日、

我々警備員同士で道路を守ることはできる。

むしろ、

知らないから一緒にいられるのかもしれない。

聞かない。

話さない。

踏み込まない。

それは冷たさではなく、

警備員同士の、奇妙な礼儀なのかもしれない。

「お疲れさまでした」で消滅する、一日だけの共同体

考えてみれば、不思議な仕事だ。

朝、知らない人間たちが集められる。

「今日よろしくお願いします」

それだけで仲間になる。

無線機を渡され、

配置を決められ、

道路に立つ。

車が来れば協力する。

危険があれば声を掛ける。

誰かがトイレへ行けば、その穴を埋める。

休憩を回す。

一日だけ、小さな組織ができる。

ところが工事が終われば、

その組織は跡形もなく消える。

解散式なんかない。

反省会もない。

打ち上げもない。

ただ、

「お疲れさまでした」

で終わる。

翌朝には、それぞれが別の町にいる。

別の道路。

別の工事。

別のメンバー。

昨日の6人は、

もう存在しない。

警備員は独りに還り、一人で帰る

バスを降りた。

駅へ向かった。

さっきの彼は、もうどこかへ行った。

俺も一人になった。

朝は6人だった。

昼過ぎには5人になり、

4人になり、

3人になり、

2人になり、

そして、

1人になった。

私は思う。

警備員という仕事には、それぞれの孤独の背景がある。

でも、それは必ずしも悲惨な孤独ではない。

誰にも過去を説明しなくていい。

誰にも人生を評価されなくていい。

今日一日の仕事をやった。

それだけでいい。

そして仕事が終われば、

それぞれが、それぞれの人生へ帰っていく。

どんな人生なのかは、

お互い知らない。

知らなくてもいい。

俺も聞かない。

彼も聞かない。

明日、また同じ現場になるかもしれない。

二度と会わないかもしれない。

それでも別れ際には、

同じ言葉を言う。

「お疲れさまでした」

警備員は、

その言葉ひとつを残して、

独りに還る。

そして、

一人で帰る。

見知らぬ町の、

見知らぬバスに乗って。

窓の向こうを流れていく森を見ながら、

それぞれが誰にも話さない事情を、

制服を脱いだ身体のどこかに抱えたまま。

-警備員物語100

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再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

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