
警備員という仕事は、声が大きい人が向いている。
私は最初、そう思っていた。
「こちらをお通りください。」
「少々お待ちください。」
「お気をつけください。」
歩行者や車を誘導するのだから、よくしゃべる人ほど仕事ができるのだろう、と。
ところが、その思い込みを覆す二人に出会った。
二人は別々の現場だった。
親戚でもない。
知り合いでもない。
年齢も違う。
共通していたのは、一つだけ。
驚くほど無口だった。
私は心の中で、この二人を「無口のダッグ」と呼んでいる。
ダッグとは、二人組という意味だ。
現場は違うのに、不思議なくらい同じ空気を持っていた。
仕事中、ほとんどしゃべらない。
雑談もしない。
自分の話もしない。
休憩時間も静かだ。
もちろん、必要なことは言う。
「お気をつけください。」
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
その一言だけは、きちんと相手に届く。
余計なことは言わない。
だが、それで仕事は十分に回っていた。
いや、むしろよく回っていた。
最初のうちは、「もう少し話したほうがいいんじゃないか」と思った。
ところが、一緒に仕事をしていると考えが変わる。
目線がいい。
立ち位置がいい。
誘導棒の振り方が正確だ。
歩くタイミングも絶妙だ。
何より、相手の動きをよく見ている。
「今、車を止めたい。」
「歩行者を先に流そう。」
そんなことが、言葉を交わさなくても伝わってくる。
警備という仕事は、声だけでするものではない。
目で伝える。
体で伝える。
立ち姿で伝える。
誘導棒で伝える。
言葉にならない合図が、現場にはたくさんある。
私はその二人を見ながら、あることに気づいた。
人間は、しゃべる量よりも、伝わる量のほうが大切なのだ。
よくしゃべる人が悪いわけではない。
ラジオ平さんのように、現場を明るくしてくれる人もいる。
それも一つの才能だ。
しかし、無口だから仕事ができないというわけでもない。
むしろ、無口だからこそ周囲をよく見ている人もいる。
警備はサービス業でもある。
だから言葉は大切だ。
けれど、それ以上に大切なのは安心感だ。
「あの人が立っているから大丈夫。」
そう思わせる存在感。
それは言葉だけでは生まれない。
落ち着いた表情。
無駄のない動作。
丁寧なお辞儀。
相手を急かさない態度。
そういう一つ一つが、安心をつくっている。
私はこの二人を見ていて、ふと映画やドラマに出てくる名コンビを思い出した。
一人が多くを語り、一人が黙って支える。
言葉が多い者と、言葉が少ない者。
そのどちらにも役割がある。
だから私は、この二人を勝手に「マッチ&アリー」と呼ぶことにした。
もちろん本人たちは、その名前を知らない。
私の心の中だけの呼び名である。
警備の現場には、本当にいろいろな人がいる。
おしゃべりな人。
無口な人。
怒りっぽい人。
優しい人。
そして、その誰もが現場を支えている。
人には、それぞれの仕事の仕方がある。
大切なのは、自分の個性を仕事に生かすことだ。
無理にしゃべる必要はない。
無理に目立つ必要もない。
必要な言葉を、必要なときに。
あとは、動作で語ればいい。
警備を始める前の私は、「警備は声を張り上げる仕事」だと思っていた。
しかし今は違う。
警備とは、人を安心させる仕事である。
そして安心とは、言葉だけでは生まれない。
目線。
立ち姿。
動作。
表情。
そのすべてが一つになって、初めて伝わるものなのだ。
無口のダッグ。
いや、「マッチ&アリー」。
二人は何も教えようとはしなかった。
だが私は、その背中から、警備という仕事のもう一つの奥深さを教えられたのである。
