警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうと思ったら、まず読んでください。 現場で出会った人間たち。実体験者が本音で語る警備員のリアル。

警備員物語100

【警備員物語42】警備員と空――工事現場が、突然映画になった日

投稿日:

警備員をやっているときは、工事現場は空の下に。

警備員は周囲を見なければならない仕事だ。

右を見る。

左を見る。

歩行者を見る。

自転車を見る。

車を見る。

工事車両を見る。

バックしてくるトラックを見る。

とにかく見る。

だが、真上の空を見ることは少ない。

ところが、工事現場そのものが「空」にあることがある。

電気工事である。

電柱・電線工事の警備は「空の工事」だ

電柱の上で作業員が仕事をしている。

電線の張り替え。

部品の交換。

高所作業車のバケットが、ウィーンと伸びていく。

作業員が空へ上がっていく。

地上では警備員が誘導棒を持って立っている。

考えてみれば、面白い光景だ。

上では作業員が空で働き、下では警備員が道路を守っている。

しかし、こちらには悠長に空を眺めている余裕などない。

電気工事の場合、道路を通行止めにしたり、片側交互通行にしたりすることが多い。

片側交互通行なら、なおさらだ。

反対側の警備員と無線で連絡を取る。

車を止める。

反対側から来た車を流す。

途切れたことを確認する。

こちらから流す。

歩行者も来る。

自転車も来る。

工事車両も動く。

上を見て、

「今日の雲はきれいだなぁ」

なんてやっていたら危ない。

だから警備員は、空の下で仕事をしながら、空を見ていない。

ある午後、工事現場に光が差した

ところが、ある日の午後だった。

その日は、少し湿ったような空だった。

晴天ではない。

雲が広がっていた。

どちらかといえば、どんよりしていた。

その現場では、バケット車が公園のような空き地に入っていた。

道路上で激しく車をさばくような状況ではない。

少し余裕があった。

ふと、空を見た。

雲がある。

その雲の切れ間から、

光が差し込んできた。

最初は、

「あ、陽が出てきたな」

くらいだった。

しかし、見ているうちに空の色が変わっていった。

湿った雲の縁に光が当たる。

灰色だった雲が、白く光る。

その奥に青が出る。

さらに太陽の光が斜めに差し込んでくる。

雲。

青空。

光。

それが重なって、空全体がものすごく鮮やかな色になった。

私は見上げた。

そして、しばらく動けなくなった。

警備中に、空に見惚れてしまった

きれいだった。

ただ、それだけである。

しかし、

かつて見たことがないくらい、きれいだった。

写真に撮れば、同じように見えたのだろうか。

分からない。

あのときの湿った空気。

工事現場の音。

バケット車。

作業服。

電柱。

電線。

その全部を含めて美しかった。

私は警備員の制服を着て、誘導棒を持って立っている。

目の前には工事現場。

普通なら「美しい」という言葉とは、あまり結びつかない景色である。

それなのに、その瞬間だけ、

工事現場まで美しく見えた。

空の力だった。

心を奪われる、という言葉がある。

ああいうことを言うのかもしれない。

たかが工事現場が、一枚の絵になる

黄色いバケット車。

伸びているアーム。

その向こうに電柱。

電線が空を横切っている。

雲の切れ間から光が落ちる。

作業員が空中で作業している。

私は地上からそれを見ている。

ほんの数分前までは、

「今日も警備か」

というだけの風景だった。

それが突然、一枚の絵になった。

いや、

映画のワンシーンになった。

映画というのは不思議だ。

同じ道路。

同じ建物。

同じ電柱。

同じ空。

それなのに、光の当たり方ひとつで、何でもない場所が劇的な風景になる。

あの日は、それが現実の工事現場で起きた。

誰も演出していない。

照明スタッフもいない。

美術スタッフもいない。

監督もいない。

太陽と雲と風だけで、勝手に映画が始まった。

別の現場では、ものすごい「浮雲」を見た

空に驚いたのは、そのときだけではない。

別の現場でも、ものすごい雲を見たことがある。

空に巨大な雲が浮かんでいた。

ただ浮いている。

ゆっくり動いている。

しかし、その存在感がすごかった。

こちらは地上で誘導棒を振っている。

そのはるか上を、巨大な雲が流れていく。

人間が道路で、

「止まってください」

「どうぞ」

なんてやっていることが、急に小さなことに思えてくる。

雲には信号がない。

隊長もいない。

現場監督もいない。

空をゆっくり流れていく。

そのとき私は、成瀬巳喜男の映画『浮雲』というタイトルを思い出した。

映画そのものと目の前の雲が同じだという話ではない。

ただ、

「浮雲」

という言葉が、妙に頭に残った。

人間も、あんなものなのかもしれない。

流れていく。

出会う。

別れる。

どこかへ行く。

そしてまた流される。

警備員になった私自身も、ずいぶん流れてここまで来た。

警備員だから見えた空なのかもしれない

昔の私は、こんなに空を見ただろうか。

広告の仕事をしていたころ。

企画書。

電話。

打ち合わせ。

締め切り。

売上。

クライアント。

頭の中には、いつも何かがあった。

街を歩いていても、次の予定を考えていた。

空がきれいでも、気づかなかった日がたくさんあっただろう。

今は警備員だ。

何時間も外にいる。

暑い。

寒い。

雨が降る。

風が吹く。

嫌になる。

こんな仕事をいつまでやるんだ、と思う。

しかし、外に立っているから見えるものもある。

公園の猫。

子供たち。

老人の会釈。

鳥。

風に揺れる木。

そして、

空。

警備員にならなければ、あの日の空を私は見ていなかったかもしれない。

「たかが警備」の背景には、とんでもない空がある

警備員という仕事を、

「たかが警備」

と思うことがある。

工事だって、

「たかが工事」

と言えば、それまでだ。

道路を掘る。

電柱を直す。

電線を張り替える。

毎日どこかで行われている。

特別なことではない。

しかし、その「たかが」の背景に、とんでもない空が広がることがある。

映画より劇的な雲が出る。

雲の隙間から光が差す。

工事車両がシルエットになる。

電線が空を横切る。

作業員がバケットの中に立っている。

その下に、警備員が一人いる。

誰も見ていない。

誰も拍手しない。

SNSで話題になるわけでもない。

でも、

その瞬間、その場所は確かに美しい。

それを見た人間が私一人だったとしても、美しいものは美しい。

下を向いていた警備員が、空を見る

警備員をしていると、どうしても下を向きたくなる日がある。

俺は何をやっているんだ。

こんな年齢で。

こんな仕事をして。

金もない。

先も見えない。

そんなことを考える。

でも、そういう日に限って、

ふと上を見ると、とんでもない空があったりする。

「おい、見ろよ」

とでも言うように。

もちろん空は何も言わない。

こちらが勝手にそう感じているだけだ。

それでもいい。

少し嬉しくなる。

人生全部が悪いわけじゃないような気がする。

今日一日くらいは、

「まあ、悪くなかったな」

と思える。

工事現場が美しく見える瞬間

やがて雲は動いた。

光の角度も変わった。

さっきまでの劇的な空は、少しずつ普通の空に戻っていった。

映画は終わった。

私はまた誘導棒を握る。

作業員は仕事を続ける。

バケット車が動く。

電柱がある。

電線がある。

いつもの工事現場だ。

しかし、私の中にはさっきの空が残っている。

たかが警備。

たかが工事。

そう思っていた場所が、ほんの一瞬、美しく見えた。

いや、本当はいつもそこに美しさはあったのかもしれない。

こちらに、それを見る余裕がなかっただけなのかもしれない。

警備員は今日も道路に立つ。

右を見る。

左を見る。

安全を確認する。

それが仕事だ。

だから勤務中、空ばかり見ているわけにはいかない。

でも、ほんの一瞬だけ余裕ができたら、

たまには上を見てみるのも悪くない。

そこには、警備員にも金持ちにも、社長にも作業員にも、同じ空が広がっている。

そして、ごくたまに、

何でもない工事現場を、

一本の映画に変えてしまうほどの空が現れる。

あの日、私は警備員だった。

誘導棒を持って、工事現場に立っていた。

それでも――

いや、警備員としてそこに立っていたからこそ、

あの空を見ることができた。

そう思うと、

警備員という人生も、

ほんのちょっとだけ、

悪くない。

-警備員物語100

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広告系プランナー、フリープランナーを経て店舗経営に挑戦するも失敗。
その後、地方ホテル支配人、配送ドライバー、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験。
現在は警備の現場に立ちながら、警備員や現場仕事を人生の再起の入口として発信しています。
成功談だけではなく、落ちた側・働く側のリアルを知る者として、
再起を応援する「再起プランナー」として発信中。

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