警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうと思ったら、まず読んでください。 現場で出会った人間たち。実体験者が本音で語る警備員のリアル。

警備員物語100

【警備員物語34】安全靴は命を守る靴|重い・歩きにくい…それでも履く理由【現場のリアル】

投稿日:2026年8月5日 更新日:

警備員になって初めて知ることは多い。

誘導の仕方。

無線の使い方。

工事車両とのやり取り。

そして、安全靴の大切さも、その一つだった。

「靴なんて何でもいいだろう。」

警備員になる前の私は、そんな程度にしか考えていなかった。

ところが、建築現場では違う。

住宅現場は意外とチェックが厳しい

住宅建築の現場は、とにかく細かい。

ヘルメット。

制服。

反射ベスト。

言葉遣い。

身だしなみ。

一つ一つ確認される。

理由は簡単だ。

お客様は一般住宅の施主さん。

近所には一般の住民が暮らしている。

建設会社にとっては、現場そのものが会社の看板でもある。

だから、安全面だけでなく、見た目やマナーにも気を配る。

その日も、現場へ着くと若い監督が近づいてきた。

「安全靴、確認します。」

そう言うと、いきなり私の靴のつま先を金づちで「コン、コン」と叩いた。

最初は驚いた。

「えっ、靴を壊すの?」

そう思った。

しかし違った。

安全靴のつま先に、きちんと鉄芯や樹脂製の先芯が入っているか確認していたのである。

なるほど。

これも現場の安全確認なのだ。

安全靴は命を守る

安全靴は、ただの作業靴ではない。

つま先には鉄や樹脂の硬い素材が入っている。

もし資材が落ちてきたら。

もし車が足を踏んだら。

その衝撃から足を守るための靴である。

実際、私は現場でこんな話を聞いたことがある。

「昔、ダンプに足を踏まれたけど、安全靴だったから助かった。」

本人は笑いながら話していた。

しかし、安全靴でなかったら……。

そう思うと、笑い話では済まない。

骨折どころか、もっと大きな事故になっていたかもしれない。

現場では「もしも」は毎日起こる可能性がある。

だから、安全靴は命を守る最後の砦なのである。

履き心地は、決して良くない

とはいえ、安全靴にも欠点はある。

正直に言えば、歩きやすい靴ではない。

普通のスニーカーに比べれば重い。

硬い。

長距離を歩くと足が疲れる。

駅から現場まで二十分。

さらに帰り道。

毎日履いていると、その違いはよく分かる。

「今日はスニーカーなら楽だったな。」

そう思う日もある。

しかし、現場へ入れば、その考えは消える。

万一の事故を考えれば、この重さは保険のようなものだからだ。

最近の安全靴は進化している

最近は、安全靴もずいぶんおしゃれになった。

一見するとスポーツシューズ。

ランニングシューズのようなデザインもある。

軽量タイプ。

通気性重視。

クッション性の高いモデル。

メーカーも工夫を重ねている。

もちろん、その分値段も少し高くなる。

それでも毎日履く人にとっては、疲労を減らす大切な投資だと思う。

現場で履き替える人もいる

面白いのは、現場まで安全靴を履いて来ない人もいることだ。

通勤はスニーカー。

リュックへ安全靴を入れる。

現場へ着いてから履き替える。

帰りもまたスニーカー。

確かに、その方が駅まで歩くのは楽だ。

ただし、安全靴を持ち歩く分だけ荷物は増える。

夏場なら、水や空調服もある。

リュックはさらに重くなる。

どちらを選ぶかは人それぞれである。

安全とは、小さな積み重ね

警備員の仕事は、「事故を起こさない仕事」だ。

事故が起きてから活躍するのではない。

事故が起きないように立っている仕事である。

だから、安全靴も同じだ。

事故が起きたときのためではなく、

事故を想定して、毎日履く。

それがプロなのだと思う。

重い。

歩きにくい。

疲れる。

それでも履く。

なぜなら、その一足が、自分の足を守り、家族のもとへ無事に帰るための靴だからである。

私は今日も、安全靴の紐を締めて現場へ向かう。

少し重い。

でも、その重さが、安心の重さなのだ。

-警備員物語100

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広告プランナー、フリーランス、店舗経営を経て、事業に失敗。
その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験してきました。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

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