
警備員になって分かったことがある。
片側交互通行。
通称「カタコウ」。
この仕事ほど、人間が見える仕事はないかもしれない。
工事で道路の半分がふさがれる。
残った一本の道を、片方の警備員が車を止め、もう片方の警備員が流す。
単純に見える。
しかし、その実態はまったく違う。
相手の警備員は何十メートル、時には百メートル以上先にいる。
こちらは相手の動きを見ながら、
「止める。」
「流す。」
「まだ待つ。」
その一つ一つを瞬時に判断する。
まるで遠距離でキャッチボールをしているようなものだ。
ただし、ボールではない。
命である。
だから、一球たりとも落とせない。
交通量が多い現場ほど神経を使う。
大型トラック。
路線バス。
自転車。
歩行者。
救急車。
それぞれが違う速度で動いている。
一瞬でも判断を間違えれば、事故になる。
だから、ずっと相手を見ている。
ずっと道路を見ている。
ずっと車を見ている。
「立っているだけ。」
そう思われることもある。
しかし、頭の中は休んでいない。
秒単位で考え続けている。
この仕事を続けていると、人の性格まで見えてくる。
警備員にもいろいろいる。
少しでも早く車を流そうとする人。
慎重すぎる人。
歩行者を最優先に考える人。
車を優先する人。
止めた車に必ず頭を下げる人。
何も言わない人。
同じ警備員でも、仕事の仕方は実にさまざまだ。
車を運転する人にも性格が出る。
こちらが「止まってください」と合図を出しても、
「俺は行く。」
そんな勢いで突っ込んでくる人がいる。
こちらの制止を無視して発進する。
すると、反対側から流れてきた車と鉢合わせになる。
心の中では叫ぶ。
「だから止まれって言ったでしょう!」
しかし、警備員は怒鳴らない。
事故を防ぐことが先だからだ。
まずは止める。
落ち着かせる。
頭を下げる。
そして、また交通を流す。
謝る。
頭を下げる。
誘導する。
また謝る。
この繰り返しである。
一日中やっていると、本当に疲れる。
身体よりも神経が疲れる。
片側交互通行は、一人ではできない。
相手の警備員との呼吸がすべてだ。
堅実な人なら安心できる。
合図が正確だ。
確認も丁寧だ。
一方で、感情的になる人とは難しい。
焦る。
慌てる。
独断で流す。
その一瞬が、大きな事故につながりかねない。
だから、相手との信頼関係が何より大切になる。
私は時々思う。
これはスポーツに少し似ている。
野球のようでもある。
サッカーのようでもある。
相手の位置を見て動く。
仲間の動きを信じる。
タイミングを合わせる。
ただし、大きく違うことがある。
スポーツは失敗しても試合が終わるだけだ。
しかし片側交互通行は、失敗すれば人が傷つく。
だから練習試合はない。
本番しかない。
しかも、その日の相手は毎回違う。
現場も違う。
道路も違う。
交通量も違う。
ぶっつけ本番で、息を合わせなければならない。
これほど難しい仕事は、そう多くない。
それでも私たちは、毎日道路に立つ。
一台でも早く。
一人でも安全に。
車を流すために。
歩行者を守るために。
そして誰も事故に遭わないために。
片側交互通行とは、車を止める仕事ではない。
人の命を、次の人へ渡していく仕事だ。
私は今日も誘導棒を握る。
遠くの相棒を見つめる。
その一本の誘導棒は、道路の向こう側へ命をつなぐバトンでもある。
だから私は思う。
片側交互通行は、命のキャッチボールなのだ。