
建築現場は朝が早い。
土木工事なら九時開始という現場もあるが、建築は八時スタートが珍しくない。
警備員も、そのぶん早く現場へ向かう。
まだ眠気が残る時間帯だ。
コンビニでコーヒーを買い、眠い目をこすりながら現場へ着く。
ところが、建築現場には、その眠気を吹き飛ばすようなおっちゃんがいる。
私が現場へ着くと、すでに一人のおじさんがいた。
知り合いでもない。
初対面だ。
それなのに、
「おっ!」
と、まるで昨日も一緒に仕事をした仲間のように声を掛けてくる。
「今日は生コンだからよ!」
「四台来たら終わりだ!」
「ガーッとやって、パーッと終わり!」
勢いだけはものすごい。
しかし、何を言っているのか半分くらいしか分からない。
いや、三分の一かもしれない。
訛りが強い。
早口だ。
しかも独特の言い回しが混ざる。
日本語のはずなのに、外国語を聞いているような気分になる。
それでも不思議と嫌な感じはしない。
何となく伝わるのである。
しばらくすると、もう一人のおじさんが出勤してきた。
「おう!」
「おう!」
二人は笑いながら話し始める。
地方の話。
田舎の話。
親戚の話。
競馬だか競輪だか、博打の話。
何がそんなに面白いのか分からないが、二人とも朝から大笑いしている。
私は警備の準備をしながら、その様子を眺めていた。
仕事はまだ始まっていない。
けれど、現場にはもう活気がある。
建築現場のおっちゃんたちは、朝から元気だ。
よくしゃべる。
よく笑う。
そして、よく働く。
時間になると、生コン車がやって来る。
さっきまで笑っていたおっちゃんが、一気に職人の顔になる。
「こっち!」
「もう少し!」
「はい、止めて!」
さっきまでの冗談はどこへ行ったのか。
動きは素早い。
無駄がない。
現場が生き物のように動き始める。
私は思う。
建築現場には独特の文化がある。
職人同士の言葉。
長年一緒に働いてきた者だけが分かる呼吸。
初めて入った人には何を話しているのか分からない。
しかし、彼らにはちゃんと通じている。
まるで方言のようだ。
いや、建築現場だけの「現場語」と言ったほうがいいのかもしれない。
私は広告代理店にもいた。
ホテルの支配人もやった。
飲食店も経営した。
どの業界にも独特の言葉がある。
建築も同じだ。
専門用語だけではない。
話し方そのものが文化なのだ。
そして、その文化を支えているのが、おっちゃんたちなのである。
暑くても笑う。
寒くても笑う。
仕事は真剣。
休憩は大笑い。
切り替えが実に見事だ。
警備員をやっていると、職人さんと接する機会が多い。
最初は怖そうに見える人もいる。
ぶっきらぼうな人もいる。
しかし、話してみると、人情味のある人が実に多い。
朝一番から現場を明るくしてくれる。
そんなおっちゃんたちがいるから、建築現場は今日も動き出す。
私には今でも、あの日の勢いのある声が耳に残っている。
「今日は生コンだからよ!」
結局、最後まで何を言っていたのか全部は分からなかった。
でも、一つだけ分かったことがある。
あのおっちゃんたちは、建物だけではなく、現場の空気までつくっていたのである。