警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

【警備員物語94】65歳になっちまった。だから何だ、バカヤロー!

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祝・65歳。めでたいのか、めでたくないのか

65歳になった。

とうとう、なっちまった。

65歳。

ろくじゅうごさい。

何度書いても、たいした感慨が湧いてこない。

世間では高齢者というらしい。

高齢者だと?

誰が決めた。

昨日まで64歳だった男が、一晩寝たら高齢者である。

何か変わったか。

頭がよくなったか。

金持ちになったか。

女にモテるようになったか。

何も変わらん。

変わったのは数字だけである。

65歳。

なんだか知らんが、ずいぶん遠くまで来てしまった。

昔は65歳といえば、立派なおじいさんだった。

縁側でお茶を飲み、孫に小遣いをやり、盆栽を眺めている。

そんなイメージだった。

ところが、私はどうだ。

孫どころか、娘とも長いこと会っていない。

盆栽どころか、部屋の片づけもままならない。

縁側どころか、住んでいるのはアパートである。

そして明日も、警備員の制服を着て道路に立つ。

おい。

話が違うじゃないか。

年金だ。年金がやってくるぞ

65歳といえば年金である。

ついに、年金受給の年齢になった。

長かった。

もっとも、年金が入ったからといって、悠々自適の生活が始まるわけではない。

私の年金見込み額は、月8万円ほど。

8万円。

ありがたい。

ありがたいが、家賃を払えば残りはわずかである。

飯を食ったらどうなる。

電気代は。

ガス代は。

スマホ代は。

おいおい。

年金生活というより、年金サバイバルじゃないか。

しかも、年金の手続きだって、まだ確認しなければならないことがある。

書類がある。

説明がある。

制度がある。

老後というのは、もっと静かなものだと思っていた。

ところが、やたら忙しい。

65歳になって、また勉強である。

人生、いつになったら卒業できるのだ。

警備員になったら人生終わりだと思っていた

私は59歳のとき、警備員になった。

当時、頭の中には、ある言葉がぐるぐる回っていた。

「警備員になったら人生終わりだよ」

誰かに言われたような気もする。

しかし、実際には、自分自身がそう思っていたのである。

あれから6年近く。

私は、まだ警備員をやっている。

終わったはずの人生が、6年も続いている。

おかしいじゃないか。

人生終わりのはずなのに、毎朝起きて、電車に乗って、現場に行く。

赤い誘導棒を振る。

「お待ちください」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

これを何千回、何万回と繰り返してきた。

暑い。

寒い。

足が痛い。

腰が痛い。

トイレに行きたい。

早く帰りたい。

人生終わりどころか、毎日やることが多すぎる。

それでも、6年間、よくやったじゃないか。

誰も褒めてくれないから、自分で褒めてやる。

よくやった。

ご苦労。

ただし、そろそろ別の仕事もさせてくれ。

私の人生、失敗の見本市

思えば、いろんなことをやってきた。

広告代理店に勤めた。

企画をつくった。

会社案内をつくった。

取材をした。

イベントを企画した。

DJ&ライブバーまで経営した。

そして、潰した。

これが痛かった。

本当に痛かった。

金だけではない。

家庭も失った。

妻と別れた。

娘とも離れた。

人生には、笑い飛ばせない失敗がある。

あの頃に戻れるなら、違う選択をしただろうか。

わからない。

ただ、あの頃の自分に一言だけ言ってやりたい。

「お前、もう少し経営を勉強しろ」

まったく、その通りである。

その後も、宿泊施設の支配人をやった。

配達もやった。

便利屋もやった。

土木関係の仕事もやった。

警備員にもなった。

履歴書に書ききれない。

もう履歴書ではない。

人生の事故報告書である。

しかも、まだ続いている。

次の事故は何だ。

いや、もう事故は勘弁してほしい。

できれば、次は成功報告書を書きたい。

65歳。何が一番悔しいか

金がないことか。

まあ、悔しい。

仕事がうまくいかなかったことか。

これも悔しい。

しかし、それ以上に悔しいことがある。

自分の人生を、まだ十分に使い切っていないことである。

私は若い頃、芝居を書いた。

劇団をつくった。

舞台で自分の作品が上演された。

音楽が好きだった。

映画が好きだった。

小説が好きだった。

人間というものが、どうしようもなく面白かった。

いつか自分の作品を世の中に出したいと思っていた。

ところが、気がついたら65歳である。

おい。

いつ書くんだ。

いつ始めるんだ。

いつまで準備しているんだ。

もう十分だろう。

65年も準備して、まだ準備不足とはどういうことだ。

大学受験なら、とっくに予備校を追い出されている。

もう、書くしかないじゃないか。

中上健次よ、待ってろ。いや、待たなくていい

私は中上健次が好きだ。

寺山修司も好きだ。

エリック・ホッファーも好きだ。

浅川マキも好きだ。

矢沢永吉も好きだ。

みんな、自分の世界を持っている。

人の真似ではない。

自分の言葉、自分の音、自分の人生を表現している。

私も、そうなりたかった。

いや、過去形にするな。

今でも、そうなりたい。

65歳の新人作家。

いいじゃないか。

新人なのに高齢者。

新人賞に応募したら、年齢だけはベテランである。

若手作家たちの中に、65歳の警備員が混じっている。

面白いじゃないか。

もし落選したら、どうする。

また書けばいい。

何しろ、落選には慣れている。

就職の面接でも、人生でも、何度も落ちてきた。

落選経験なら、そこらの若手には負けない。

ただし、文学賞だけは、できれば受かりたい。

頼むぞ、選考委員。

ニューヨーク、ニッポン、がんばれ!

私はかつて、ニューヨークシティマラソンを走った。

決して足の速い男ではない。

それでも走った。

ファーストアベニューを走った。

セントラルパークを走った。

沿道から声援が飛んできた。

あの街では、知らない人間が、知らない人間を応援してくれる。

それが嬉しかった。

今でも、あの声援を思い出す。

人生もマラソンに似ている。

などという、ありきたりな話をするつもりはない。

人生には、給水所がないこともある。

沿道に誰もいないこともある。

靴ひもが切れることもある。

走っているつもりが、同じところをぐるぐる回っていることもある。

私など、何度コースを間違えたかわからない。

しかし、まだゴールしたわけではない。

65歳。

ニューヨーク。

ニッポン。

がんばれ!

誰に向かって叫んでいるのかわからない。

まあいい。

自分に向かって叫んでいるのだ。

愉海子よ、父ちゃんはまだ生きている

娘に会いたい。

愉海子。

もう大人になった。

私は、父親として十分なことをしてやれなかった。

その事実は、どんなに文章を書いても消えない。

元妻の牧子にも、苦労をかけた。

本当に、申し訳ないと思っている。

今さら、立派な父親のふりをするつもりはない。

立派な男だったなどとも言わない。

ただ、もう一度、会って話がしたい。

そして、できることなら、父親が何を考え、何をやろうとしていたのか、いつか知ってもらいたい。

そのためにも、書いておきたい。

十和田のこと。

太素塚裏のこと。

父と母のこと。

若い頃のこと。

店を潰したこと。

警備員になったこと。

そして、65歳になっても、まだ何かを始めようとしていること。

格好のいい父親ではなかった。

しかし、何も考えずに生きてきたわけではない。

それだけは、残しておきたい。

65歳から、逆襲だ

さて、これからどうする。

警備員を続けるのか。

転職するのか。

事業を始めるのか。

小説を書くのか。

全部やるのか。

おいおい、また欲張っている。

そうやって、これまでも失敗してきたのではないか。

わかっている。

だから、今度は順番を考えよう。

まず、生活を守る。

体を守る。

年金のこともきちんとする。

そして、書く。

『警備員ブルース』は100話まで、あと6話。

100話では、警備員の逆襲を宣言するつもりでいる。

警備員は、ただ道路に立っているだけの人間ではない。

制服の中には、さまざまな人生が詰まっている。

元社長もいる。

元職人もいる。

元営業マンもいる。

夢を失った人もいる。

まだ夢を持っている人もいる。

人生の敗残者だと思われている人間の中に、どれだけの経験と知恵が眠っていることか。

警備員よ。

いつまでも下を向いているな。

いや、足元の安全確認はちゃんとしろ。

それは仕事だ。

だが、心まで下を向く必要はない。

警備員の逆襲は、まず自分の人生を取り戻すところから始まる。

最後に、65歳の私へ

65歳、おめでとう。

よくここまで生きてきた。

失敗したな。

ずいぶん失敗した。

金も失った。

家庭も失った。

時間も失った。

しかし、まだ全部を失ったわけではない。

頭がある。

手がある。

言葉がある。

書きたいことがある。

会いたい人がいる。

帰りたい故郷がある。

そして、やりたいことが、まだ山ほどある。

困ったものだ。

65歳になって、夢だけは若い頃より増えている。

普通は減るものではないのか。

まあ、いい。

人生は一度きりである。

どうせなら、もう一度、面白いことをやってやろうじゃないか。

作家になりたい。

有名にもなりたい。

金も稼ぎたい。

十和田に家カフェもつくりたい。

世界中から人を呼んで、歌謡祭だってやりたい。

欲張りだ?

知るか。

65歳の誕生日くらい、好きなことを言わせろ。

実現できるかどうかは、これから考える。

ただし、考えているだけでは、また一年が過ぎてしまう。

だから、まず書く。

今日も書く。

明日も書く。

警備の仕事がある日は、帰ってから書く。

疲れた日は、休んでから書く。

一行でもいい。

自分の人生を、自分の言葉で書く。

65歳。人生の延長戦ではない。ここからが本番だ。

バカヤロー!

誰に向かって言ったのか。

わからん。

とにかく、バカヤロー!

そして最後に、もう一度。

ニューヨーク、ニッポン、がんばれ!

私も、がんばれ!

チャンチャン。

-警備員物語100

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個人事業企画・再起プランナー。
現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

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現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

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