警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

【警備員物語66】警備員という「近道」はいつか敵に!──誰でもできる、すぐ稼げる、仕事の怖さ。

投稿日:2026年9月3日 更新日:

「警備員」という仕事は、
あなたの人生の「見方」だろうか、「敵」だろうか?

もし今、警備員をやりながら、

「俺、このままでいいのかな」

と思っている人がいたら、読んでほしい。

あるいは、これから警備員になろうとしている人でもいい。

警備員。

今日もネットで検索すれば、いろいろな言葉が出てくる。

「未経験でもできる」

「60代でも働ける」

「すぐ働ける」

「すぐ稼げる」

「日払いあり」

「意外と稼げる」

「現場によっては楽」

どれも魅力的な言葉だ。

そして、実際に間違いとも言い切れない。

俺自身、警備員をやって5年以上になる。

だから分かる。

警備員という仕事は、人生に困ったとき、とても助かる仕事なのだ。

しかし最近、ふと一本の動画を見て、

「待てよ」

と思った。

矢沢永吉の昔の映像だった。


「近道」「警備員」に言い換えてみると、胸にグサッとくるよ!


矢沢永吉と若い女性の対話──「このままでいいのか」

たしかNHKの「若い広場」だったと思う。

若い頃の矢沢永吉と、一人の若い女性が話している。

女性は水商売で働いていた。

自分でも、

「このままでいいのだろうか」

と思っている。

ところが、辞められない。

何年か経ってしまった。

水商売は、女性ならうまくやれば稼ぐことができる。

そこそこはね。

そこそこは。

だからこそ、抜けられない。

そして女性は矢沢に尋ねる。

このままでいいのだろうか、と。

俺はこの動画を以前にも見たことがあった。

そのときも、なるほどとは思った。

だが、今回あらためて見て、

なんだか妙な感じがした。

あれ?

これ、俺のことじゃないか。

「誰でもできる・すぐ稼げる」警備員という仕事

水商売という言葉を、

「警備員」

に置き換えてみた。

すると、やけに話がつながってしまった。

警備員は、比較的入口が広い仕事だ。

もちろん、誰でも無条件で採用されるわけではない。

警備業法上の要件もあるし、俺自身、50代の終わり頃には警備会社の面接に何社も落ちたことがある。

それでも一般的な会社員への再就職と比べれば、未経験者や中高年でも入りやすい求人は多い。

研修を受ける。

制服を着る。

ヘルメットをかぶる。

誘導棒を持つ。

現場へ行く。

一日働く。

給料になる。

仕事を失って、

「とにかく今、金が必要なんだ」

という人間にとって、これはありがたい。

俺もそうだった。

仕事がない。金がない。そこで警備員という「近道」を見つけた

仕事がなくなった。

金が必要だった。

年齢も上がっていた。

履歴書を送っても、なかなか決まらない。

面接へ行っても落とされる。

そんなとき、警備の仕事があった。

働けば金になる。

今日働けば、今日一日分の金になる。

明日の現場もある。

来週の現場もある。

それで生活できる。

だから俺は警備員になった。

そして気づけば、

5年以上が経った。

おい。

ちょっと待て。

「とりあえず」じゃなかったのか。

警備員の本当に怖いところは「食えてしまう」ことかもしれない

警備員の怖いところ。

交通事故?

工事車両?

熱中症?

真冬の寒さ?

もちろん、それも怖い。

しかし、俺が今思う「怖さ」は、それとは少し違う。

警備員を続けることで、とりあえず食えてしまうことだ。

今日働けば給料になる。

今月も家賃を払える。

飯も食える。

だから、

「もう少しだけ」

となる。

もう少し警備をやってから考えよう。

来月から転職活動をしよう。

暖かくなったら動こう。

この現場が終わったら考えよう。

今年いっぱいは警備でいい。

そうしているうちに、

春が来る。

夏が来る。

秋になって、

また冬が来る。

そして一年が過ぎる。

二年が過ぎる。

三年が過ぎる。

五年が過ぎる。

時間は止まらない。

「近道をずっと行っていると、近道が敵になる」

矢沢永吉の言葉で、今回いちばん俺に刺さったのは、これだった。

「近道をずっと行っていると、必ず近道が敵になる」

この「近道」を、

「警備員」

に置き換えてみた。

ぞっとした。

警備員は、俺にとって近道だった。

仕事がない。

金がない。

再就職できない。

だったら警備をやろう。

まず生活を立て直そう。

それは間違っていなかったと思う。

いや、

警備員という仕事に、俺は助けられた。

これは間違いない。

だけど。

近道は、目的地ではない。

近道だったはずの場所を、ずっと歩いていたらどうなる。

60代の警備員になって分かった「時間は止まらない」

若いうちは、まだいい。

20代なら、一年やって違う仕事へ行くこともできるだろう。

30代でも、まだ選択肢はある。

40代、50代。

だんだん話が変わってくる。

そして60代。

俺は今、ここにいる。

だから、この記事を読んでいる警備員に聞いてみたい。

あなたは今、何歳ですか。

30歳?

40歳?

50歳?

60歳?

若い人にも言っておきたい。

あっという間だよ。

本当に。

大げさじゃない。

「まだ大丈夫」

「そのうちやる」

「来年考える」

そう言っている間にも、時計は動いている。

時間は止まらない。

これだけは、誰にも止められない。

警備員を続けるか辞めるか──最後に決めるのは自分

矢沢と女性との対話には、もう一つ、俺に刺さった話があった。

国の責任にしちゃいけない。

世間の責任にしちゃいけない。

周りの責任にしちゃいけない。

最後は自分だ、という話だ。

これは耳が痛い。

景気が悪かった。

会社が悪かった。

年齢で落とされた。

世の中が高齢者を採用しない。

金がない。

家族がいない。

チャンスがなかった。

いくらでも言える。

そして実際、自分一人ではどうにもならない社会的な問題だってある。

だから社会の問題まで全部「自己責任」で片づけるつもりはない。

ただし、

自分が「このままじゃいけない」と気づいてしまった後は別だ。

気づいているのに動かない。

これは、少なくとも自分自身に対しては言い訳できなくなる。

俺もそうだ。

矢沢永吉は「怖がりだから早く手を打つ」と語った

もう一つ印象に残った。

矢沢永吉は、自分は怖がりなのだという。

怖い。

だから手を打つ。

周囲から見れば、

「あの人は決断が早い」

「行動が早い」

となる。

でも本人に言わせれば、そうではない。

怖いからなのだ。

これも考えさせられた。

怖がることは、必ずしも悪いことじゃない。

「このまま10年経ったらどうなる?」

怖い。

「70歳になっても、真夏の道路で誘導棒を振っているのか?」

怖い。

「身体が動かなくなったら?」

怖い。

「そのとき金がなかったら?」

怖い。

だったら。

怖いうちに手を打てばいい。

本当に怖いのは、怖さに慣れてしまうことなのかもしれない。

警備員は「人生の再起の入口」にはなれる

俺はこのブログで、警備員という仕事を否定したいわけではない。

むしろ逆だ。

失業した人間。

仕事が見つからない人間。

人生がうまくいかなくなった人間。

中高年になって、行く場所がなくなった人間。

そんな人間に、

「明日から来ないか」

と言ってくれる仕事がある。

それは大きい。

警備員は、

人生の再起の入口になれる仕事だ。

俺自身がそうだった。

警備員をやったから、生き延びられた。

警備員をやったから、いろいろな人間にも会った。

道路にも立った。

建築現場にも立った。

雨の日も立った。

炎天下にも立った。

そして、この「警備員ブルース」も書き始めた。

だから俺は、警備員だった時間を否定しない。

だが――。

警備員という近道を「終着駅」にしてはいけない

問題はここだ。

近道を、終着駅にしてしまうこと。

俺は今、警備員以外の仕事を探している。

60代になってからの転職だ。

簡単じゃない。

すでになんども落とされ。

新しい仕事へ行けば、今より大変かもしれない。

人間関係で苦労するかもしれない。

収入だって思ったほど増えないかもしれない。

怖いよ。

そりゃ怖い。

でも、

怖いから動く。

あの動画を見て、俺はそう思った。

「このままでいいのか」と思った警備員へ、どうする!!

もし、ここまで読んで、

「俺もそうかもしれない」

と思った警備員がいるなら。

別に明日、警備会社を辞める必要なんてない。

俺だって明日から生活しなければならない。

家賃もある。

飯も食わなきゃならない。

だから警備をやりながらでいい。

履歴書を一枚書く。

求人を一件見る。

昔やりたかったことを思い出す。

資格を調べる。

誰かに会う。

一ページだけ勉強する。

ブログを書く。

何でもいい。

近道の外へ、片足だけ出してみる。

それでいいんじゃないか。

警備員は、俺を助けてくれた。

だから俺は警備員という仕事に感謝している。

でも、助けてもらった場所に、一生いなければならない理由はない。

警備員という仕事は、

人生の近道になる。

再起の入口にもなる。

ただし――

橋は、向こう岸へ渡るためにある。

橋の上が意外と居心地がいいからといって、

そこに家を建ててはいけない。

俺は5年以上、この橋の上にいた。

そして今、

向こう岸がどこにあるのか、

もう一度探し始めている。

遅いかもしれない。

64歳だ。

もうすぐ65歳になる。

それでも。

時間は止まらない。

だったら、

止まらない時間の中で、

俺も動くしかないじゃないか。

警備員ブルースは、

まだ終わらない。

-警備員物語100

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再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

失敗しても、人生はそこで終わらない。
現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

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