
朝、警備会社から連絡が来た。宿直の方から、
「本日の現場は、酷暑のため中止になりました」
とのこと。
工事そのものが中止になったのだ。警備員だけ休むのではない。現場監督も作業員も、今日は外で仕事をするのは危険だと判断したのだろう。
正直、ほっとした。
このところ疲れがひどかった。朝起きても身体が重く、仕事に向かう前から、すでに一日働き終えたような気分だった。それでも現場があれば行くつもりでいた。警備員は、そういうものだ。行きたくない朝にも制服を着て、安全靴を履き、誘導棒を持って家を出る。そういうやり方に慣れてしまってきた。
ところが、同時に代わりの現場を紹介された。
一瞬、迷った。一日休めば、その分だけ給料は減る。日給で働く警備員にとって、現場中止は「思いがけない休日」であると同時に、「思いがけない減収」でもある。
しかし、私は断った。
いまの身体で別の現場へ向かえば、炎天下で何時間も立つことになる。初めての場所なら、日陰やトイレ、休憩場所があるかどうかも分からない。無理をして倒れれば、一日分どころか、その後の仕事まで失う。仮に、行くとしても、電車、パス、徒歩の順路を確認しなければならない。出発まで時間がないのだ。
若い頃なら、少しくらいの疲れは気力で押し切れた。しかし、六十代の身体は正直だ。「まだ働ける」と「今日は休むべきだ」の境目を、自分で見極めなければならない。
現場では、歩行者や車両の安全を守る。それが警備員の仕事だ。だが、自分自身の安全を守る者は、最後には自分しかいない。
休むことに、後ろめたさは若干ある。ただし、自分に対してだ。稼げなかった一日の重さもある。それでも今日は、働かないことを選んだ。
酷暑による中止は、空から届いた休業命令としよう。
警備員は、いつでも現場へ出ればいいわけではない。疲労を認め、危険を避け、次の仕事へ身体をつなぐ。その判断もまた、大切な危機管理である。
今日は誘導棒を置く。
誰かの安全を守るためではなく、自分の安全を守るために。
