今日は、一人現場だった。
建築現場での電気工事。
警備員は俺一人。
朝、現場に着いて挨拶をする。
「おはようございます」
そして配置につく。
今日は相棒はいない。
話す相手もいない。
一人だ。
建築現場には、いろんな人間がやってくる
建築現場というのは、一つの会社だけで建物を造っているわけではない。
いろんな業者がやってくる。
切削。
鉄筋。
躯体工事。
生コン。
壁。
電気。
設備。
その他、俺には何をやっているのかよく分からない業者もいる。
それぞれ違う会社の人間だ。
仕事も違えば、服装も違う。
使っている道具も違う。
職人同士の雰囲気も違う。
だが、不思議と現場には共通する「時間」がある。
朝から働いて、午前中に一度休む。
昼になったら昼飯を食う。
午後になったら、また一度休む。
もちろん現場によって違うが、おおむねそんな感じだ。
人間が一日働くのだから、当たり前といえば当たり前である。
ところが――。
警備員だけは、そう簡単にはいかないことがある。
一人だと、休憩が難しい
二人なら交代できる。
「ちょっと休んできます」
そう言って、一人が現場に残る。
トイレにも行ける。
水も飲める。
コンビニにも行ける。
だが、一人現場ではそうはいかない。
俺がいなくなったら、
警備員がゼロになる。
車が来るかもしれない。
歩行者が来る。
資材の搬入があるかもしれない。
工事車両が出るかもしれない。
だから、作業が続いている間は勝手に持ち場を離れるわけにはいかない。
「今なら大丈夫だろう」
と思っても、その瞬間に何かが起こることもある。
結果として、
休めそうで休めない。
これが一人現場のしんどいところだ。
トイレに行きたい。それだけのことが難しい
特に困るのがトイレだ。
二人現場なら、
「ちょっとトイレお願いします」
で済む。
一人だと、それができない。
近くにコンビニがあっても、持ち場を勝手に離れるわけにはいかない。
だから、
「あと30分くらい大丈夫だろう」
なんて考える。
水を飲みたい。
でも飲みすぎたらトイレに行きたくなる。
夏なら水分を取らなければ危ない。
でもトイレにも行きたい。
なんとも妙な話である。
人間として当たり前のことが、一人現場ではちょっとした問題になる。
警備員をやったことのない人には、案外こういうことが分からないかもしれない。
そのかわり、人間関係は楽だ
もちろん、一人現場にもいいところはある。
警備員同士の人間関係がない。
これが結構大きい。
警備員というのは、本当にいろんな人がいる。
よく喋る人。
まったく喋らない人。
自分のやり方を押しつけてくる人。
細かい人。
面白い人。
変な人。
一緒にいると安心する人。
できれば二度と組みたくない人。
二人現場なら、相手によって一日の長さまで変わる。
ところが一人なら、
その面倒がない。
自分で周囲を見て、
自分で判断して、
自分で動く。
慣れてしまえば、一人現場の方が気楽なこともある。
一人で立っていると、いろんなことを考える
そして、一人現場にはもう一つ特徴がある。
考える時間が多い。
もちろん仕事中だから、ぼんやりしているわけにはいかない。
車を見る。
歩行者を見る。
工事車両を見る。
現場を見る。
だが、その合間に頭の中ではいろんなものが流れている。
昔のこと。
家族のこと。
金のこと。
仕事のこと。
これからのこと。
昨日食ったものみたいなどうでもいいこと。
昔好きだった音楽。
死んでしまった人。
会わなくなった人。
そして、
俺はいったい、いつまで警備員をやっているんだろう。
またそこへ戻ってくる。
一人だから、誰も答えてくれない。
孤独がちょうどいい日もある
ただ、不思議なものである。
一人でいることが嫌な日ばかりではない。
むしろ、
今日は誰とも喋りたくないな
という日もある。
そんな日は、一人現場がありがたい。
余計な会話をしなくていい。
誰かに合わせなくていい。
昼飯も一人。
休めるときも一人。
仕事が終われば、
「お疲れさまでした」
と言って帰る。
それだけ。
人間関係に疲れているときには、その孤独がちょうどいい。
だが別の日には、
同じ一人現場なのに妙に寂しくなる。
夕方になって、
職人たちが片づけを始める。
遠くで笑い声がする。
誰かと誰かが、
「じゃ、また明日」
なんて言っている。
俺は一人で立っている。
そういうとき、
一人ってのは、本当に一人なんだな
と思ったりする。
孤独は自由でもある。
孤独は寂しさでもある。
同じ一人なのに、その日の自分によって意味が変わる。
慣れてくると、一人現場が増える
警備の仕事に慣れてくると、一人現場を任されることが増える。
考えてみれば、それは悪いことではない。
一人で任せても大丈夫だと思われているということでもある。
現場を見て、
危険を判断して、
歩行者を通して、
車を止めて、
作業員と合わせる。
誰かに逐一指示されなくても動ける。
新人のころには難しかったことが、いつの間にか普通にできるようになっている。
警備員なんて、
「ただ立っているだけ」
と思われることがある。
だが、一人現場に立ってみれば分かる。
誰も見ていないところで、自分で判断し続ける仕事でもある。
一人で立っているということは、
一人で現場を背負っているということでもある。
そう考えると、少しだけ格好いい。
……少しだけな。
自由なのか、不自由なのか
一人現場は気楽だ。
でも、自由ではない。
誰にも気を遣わなくていい。
でも、勝手にどこかへ行くこともできない。
一人になれる。
でも、孤独になる。
考える時間がある。
でも、考えすぎる。
楽なのか。
しんどいのか。
俺にもよく分からない。
たぶん両方なのだ。
今日もそんなことを考えながら、一人で立っていた。
車が来た。
誘導棒を上げる。
車を止める。
歩行者を通す。
「どうぞ」
頭を下げる。
そして、また誰もいなくなる。
道路の端に警備員が一人。
しばらく静かになる。
風が吹く。
俺はまた考える。
一人が好きなのか。
一人が寂しいのか。
まあ、どっちでもいい。
仕事が終わるまでは、
ここに立っているしかない。
これも警備員ブルース