
通行止めの警備をしていると、いろんな人に出会う。
老若男女。
男も女も、若者も老人もいる。
黙って通り過ぎる人。
会釈してくれる人。
こちらを完全に無視する人。
そして、
「なんで通れないんだよ!」
と文句を言う人。
警備員は、道路に立ちながら人間観察をしているような仕事でもある。
通行止めをしているのだから、嫌われても仕方がない
そもそも、こちらは通行人にとって邪魔な存在である。
いつも通っている道を、
「申し訳ありません。この先、工事で通行止めです」
と止める。
当然、
「えーっ!」
となる。
急いでいる人なら、なおさらだ。
「向こうへ行きたいんだけど」
「迂回してください」
「どっち?」
そこで迂回路を説明する。
しかし、遠回りになることが分かると、
「面倒くさいなぁ」
となる。
気持ちは分かる。
私だって自分が歩行者なら、
「なんだよ、通れないのか」
と思うだろう。
だから多少ムッとされても、仕方がない。
こちらは、
「申し訳ありません」
と頭を下げる。
警備員というのは、工事をしている本人ではないのに、よく謝る仕事なのである。
年配の人は意外と短気だったりする
老人だから、みんな穏やかというわけでもない。
これは現場に立っているとよく分かる。
年配の人でも気の短い人はいる。
「いつまでやってるんだ!」
「昨日も工事してただろ!」
「俺はここを通りたいんだ!」
こちらに言われても困るのだが、警備員は現場の最前線に立っている。
工事会社の社長は道路に立っていない。
現場監督も、ずっと入口に立っているわけではない。
だから、不満の受け皿になるのは警備員だ。
「申し訳ありません」
また謝る。
しかし、不思議なことに、年配の人には、ものすごく礼節を感じる人も多い。
「ご苦労さま」
ある年配の男性が歩いてくる。
私はいつものように言う。
「申し訳ありません。この先、工事で通行止めになっています」
迂回路を説明する。
面倒だろうな、と思う。
ところが、その人は軽く頭を下げて、
「はい、分かりました。ご苦労さま」
と言う。
え?
こちらが通行止めをしているのに。
あなたを遠回りさせているのに。
「ご苦労さま」
と言ってくれる。
こちらのほうが恐縮する。
「いえ、申し訳ありません。ありがとうございます」
何だか、どちらが礼を言っているのか分からなくなる。
「ありがとうございます」と言われると恐れ多い
もっと驚くこともある。
「こちらから迂回できます」
と説明すると、
「ありがとうございます」
と言われる。
いやいやいや。
ありがとうございます、はこちらの台詞でしょうが!
あなたは本来通れた道を、工事のために通れない。
こちらは、それを止めている警備員である。
それなのに、
「ありがとう」
と言われる。
恐れ多い。
本当にそう思う。
こちらも慌てて、
「ありがとうございます。お気をつけて」
と頭を下げる。
たった数秒のやり取りだ。
名前も知らない。
おそらく二度と会わない。
それでも、その一言が妙に残る。
年を取ることと、礼節と
年齢を重ねれば、誰でも立派になるわけではない。
頑固になる人もいる。
怒りっぽくなる人もいる。
人の話を聞かなくなる人だっている。
だが一方で、
長く生きてきたからこその礼節を持っている人もいる。
相手が警備員であろうと関係ない。
「ご苦労さま」
「ありがとう」
「暑いのに大変ですね」
そう言ってくれる。
職業ではなく、一人の人間としてこちらを見てくれているのだろう。
それが嬉しい。
警備員になって、「人間」が見えてきた
警備員になる前なら、こんなことを考えなかったかもしれない。
道路に警備員が立っていても、その横を普通に通り過ぎていただろう。
いちいち、
「あの警備員は今日何時間立っているのだろう」
なんて考えない。
しかし、自分がこちら側に立ってみると分かる。
会釈一つ。
「ありがとう」の一言。
「ご苦労さま」の一言。
それだけで、人間は少し救われる。
逆に、たった一言で嫌な気持ちになることもある。
人間というのは面白い。
通行止めの向こうに、「人間」がいる
毎日、いろんな人が私の前を通り過ぎていく。
怒っている人。
急いでいる人。
疲れている人。
笑っている人。
子供。
若者。
老人。
こちらには、その人がどんな人生を送ってきたのか分からない。
向こうも、私がどういう人生を送って警備員になったのか知らない。
ほんの数秒、道路の上ですれ違うだけだ。
それでも、
「ご苦労さま」
と言われれば、
「ありがとうございます」
と返す。
その瞬間だけ、人間と人間になる。
警備員になって、失ったものもある。
情けないと思ったことも何度もある。
それでも、この仕事をしなければ気づかなかったこともある。
人間って、悪くないな。
そう思わせてくれる人が、ときどき通るのだ。
今日も私は通行止めに立つ。
向こうから、杖をついた老人がゆっくり歩いてくる。
私は少し姿勢を正す。
「申し訳ありません。この先、工事中です」
老人がこちらを見る。
さて、今日はどんな言葉が返ってくるだろう。
警備員をやっていて確実に見えてくるもの、
街を通り過ぎていく人間の、人間味がしみじみと、見えてくる。
