
ここは負け犬の集まりなのか
警備員になってしばらく経った頃、私は現場でこんなことを考えるようになった。
「ここは人生の吹きだまりなのか。」
決して見下しているわけではない。
私自身、その吹きだまりに流れ着いた一人だからだ。
私の一番長い職歴は広告代理店だった。
企画を考え、コピーを書き、営業をしていた。
その後はフリーのプランナーとして仕事をし、少しばかり儲けた。
人は、少し金が入ると調子に乗る。
私もそうだった。
「店でもやるか。」
そう思って始めたのが音楽バーだった。
最初はジャズバーにするつもりだった。
ところが、お客さんが変われば店も変わる。
DJイベントが始まり、ロックが流れ、やがて弾き語りライブが開かれるようになった。
店は私の思いどおりではなく、お客さんに育てられていった。
それでも五年で閉店した。
人生は思いどおりにはならない。
そのあとも、いろいろな仕事を転々とし、最後に流れ着いたのが警備だった。
「ああ、とうとうここまで来たか。」
最初はそう思った。
元○○だった人ばかり
ところが、警備会社へ入ると驚いた。
みんな前職が違うのだ。
元板前。
元大工。
元営業マン。
元運送会社。
元自衛官。
元会社経営者。
元ミュージシャン。
中には、「この人、本当なら今でも別の世界で活躍していたんじゃないか」と思うような人までいる。

警備会社には、新卒でそのまま入る人もいる。
しかし実際には、人生の途中で別の仕事から移ってくる人が少なくない。
景気が変わる。
会社がなくなる。
体力が続かなくなる。
家族の事情が変わる。
独立がうまくいかない。
病気をする。
理由は人それぞれだ。
だからこそ、警備会社の休憩所では、仕事よりも人生の話のほうが面白い。
時代は、人を選ばない
板前は、かつて憧れの職人だった。
一人前になるまで十年。
暖簾分けされれば一国一城の主。
そんな時代もあった。
大工もそうだ。
家を建てる職人は町の誇りだった。
広告代理店だって、私が若い頃は勢いがあった。
だが時代は変わる。
インターネットが社会を変え、働き方が変わり、人が求められる場所も変わっていく。
能力がなくなったわけではない。
腕が鈍ったわけでもない。
ただ、時代との歯車が少しずれただけなのかもしれない。
その「少し」が、人生を大きく変えてしまうことがある。
吹きだまりだから見えるもの
だから私は、「吹きだまり」という言葉を悪い意味だけでは使いたくない。
風に流されてきた落ち葉は、吹きだまりに集まる。
でも、その中には色も形も違う葉がある。
一本一本に、それまで生きてきた季節がある。
警備会社も同じだ。
一見すると、みんな同じ制服を着ている。
ところが制服の中には、それぞれ違う人生が詰まっている。
笑える話もある。
泣ける話もある。
腹の立つ話もある。
そして、ときどき「そんなことが本当にあるのか」と思うような人物も現れる。
私は、そんな人たちを書いてみようと思う。
人生の波止場で出会った人たち
この物語には、これからいろいろな人物が登場する。
現場を仕切りたくて仕方がない「ミス隊長さん」。
怒鳴るくせに礼儀だけは忘れない元板前の「ポテチ」。
無口な人。
しゃべり続ける人。
人情家。
理屈屋。
職人。
夢を追い続ける人。
そして、どこかで人生のタイミングを少しだけ外してしまった人たち。
彼らは決して「負け組」ではない。
むしろ、普通に生きていたら出会えないほど濃い人生を歩いてきた人たちだ。
私は警備員になって、人間観察ほど面白い仕事はないと思うようになった。
道路を見ているようで、本当は人間を見ている。
交通を誘導しているようで、人生を眺めている。
もし、あなたが警備の仕事に少しでも興味を持っているなら、この物語を読んでほしい。
仕事のマニュアルは書かない。
資格の取り方も詳しくは書かない。
ここにあるのは、警備という仕事を通して出会った、人間たちの物語だ。
人生の吹きだまり。
私は今、その場所を少しだけ好きになり始めている。
