警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

警備員になろうかな、と思ったらまず読んでください。 実体験者が現場で出会った人間たちを、本音で語る警備員の実情。

警備員物語100

【警備員物語01】警備員は人生の終わり?と思いながら、また、はじまる。

投稿日:2026年7月18日 更新日:

「警備員になったら人生終わり。」

そんな言葉を、ネットで何度見ただろう。

警備員になったら、人生つんでる、なんていいかたもある。

正直に言えば、私もそう思っていた。

いや、そんなふうに思いたくはなかった。

だが、制服を受け取った日、


「ああ、とうとう、ここまで来たか」


と胸の奥でつぶやいた。

実は、警備の仕事はこれが初めてではなかった。

なんとまあ、三度目だった。

私の警備員の一度目は二十歳のころ。

自分勝手に大学を変わり、引っ越しもして、親の仕送りだけに頼れずに、生活費を稼ぐためだった。

学生の私は、警備という仕事を深く考えてはいなかった。
授業へ行くための生活費をつくる仕事。その程度の認識だった。

当時はまだ若かったから、ちょっとたまには肉体労働的な気構えで、
警備という仕事は「人生の通過点」だった。
ひたすら金稼ぐためのアルバイト。

人生の通過点なんてほどのものではない。ある種「青春の寄り道」みたいなものだった。
金を稼ぎ、ある程度たまったら、また前へ進めばいい。
それくらいにしか考えていなかった。

二度目は五十歳を過ぎてから。

20代後半から中堅の広告代理店で勤め、企画営業をやった。

30代に入ってからは、企画=プランナーの仕事が中心となり、まあまあ、活躍したが、
上司とそりが合わずに、だんだん仕事が干されてゆく。

仕方がないので、企画の技術を磨き、外の会社に営業に行き、
2社と契約したところで退職し、フリーランスとなる。

3年ほど自営のプランナー業で稼いでいて、ちょっと金が入ったのをいいことに、
飲食業に手を出し、5年で失敗。
金も、仕事も、失う。

元のプランナーはブランクのせいで、全く仕事ができずに、
アルバイトを余儀なくされる。

元の仕事がブランクで取れなくなり、
プロダクションやクライアントをフラフラ営業回りして、
稼げない分だけ、いろんな話に乗り、詐欺にもあった。

そのうちマルチ商法にのめり込み、(自分としてはそれなりの)大金を失った。

財布の中だけでなく、自信まで空っぽになった。

2度目の警備員の仕事に入る。

仕事の穴を埋めるように、また警備の制服を着た。
他に仕事が見つからないため。
だが、それも長くは続かなかった。

東北地方の小さなホテルで住み込み支配人を務めた。

新しい人生を探して、宅配ドライバーになった。
長く続かなかった。
しかも、あまり車に乗らないため、運転席の出入りが激しく、
そのため、お尻に負担がかかったため、
ひどいイボ痔になった。
もしや手術が必要かと心配したが、ボラギノールを塗るだけで、
何日かで腫れが引いた。
それでいやになり、やめた。

その後がひどい!

職安でテレアポの会社を紹介してもらった。
なれない電話の仕事で、すぐにやめてしまった。



年かさも50代末期なので、仕事がなかなか見つからず、
一念発起で、シニアの手に職をつけようと、
土木会社の門を叩き、現場代理人見習いにもなった。

そこでは、ずっと立ったままの姿勢がおかしく、
背骨がちょっと湾曲してしまい、首と腰にしびれが生じ、
3か月ほどで辞めざるを得なかった。

やめてから、接骨院を何個か通い、
治療費にまた金がかかった。

そして3度目の警備。

まあまあ、よくなってから行くところがないので、
登録した人材会社の紹介で商業施設の施設警備に入った。

そこでは、対人関係がとてつもなくきつく、
半年で辞めてしまった。

その後、もう自分の世界を変えなければ、と思い、
チェーンのラーメン屋に入り、見習いで働いた。
その頃、前の施設警備の影響もあり、メンタル的に病んでいた。
そのため、忘れ物がひどく、1か月でクビになった。

仕事を変えるたびに、「今度こそ」と思った。
だが、どれも長くは続かなかった。

そして最後にたどり着いたのが、工事現場の警備だった。

4度目の警備である。

「あーあ。とうとう来たか。」

初日の朝、そんな言葉が自然に口をついて出た。

まさか、こんなに長く続くとは思ってもいなかった。

数か月。

長くても一年。

そのくらいで別の仕事へ移るつもりだった。

ところが気がつけば、季節が何度も巡っていた。
そして、私は今日も道路に立っている。

最初は、警備員になったら人生は終わりだと思っていた。
ところが、現場には私以上に波乱万丈な人生を歩いてきた人たちが、次から次へと現れた。

元板前。

元社長。

元営業マン。

怒鳴る男。

妙に威張る女。

寡黙な老人。

みんな、それぞれの人生を背負って、この現場に立っている。
工事現場だと思っていた場所は、いつしか私には違って見えるようになった。

ここは人生の終着駅ではない。

人生の波止場だ。

傷ついた船が流れ着き、またどこかへ出航する者もいれば、そのまま静かに係留される者もいる。

そして私も、その一隻だった。

この物語は、道路工事の話ではない。

(道路工事の場面は出てくるけどね)

警備員という制服を着て出会った、人間たちの物語である。

-警備員物語100

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再起プランナー。現在、現役警備員として働きながら、自らの再起を模索中!

元広告代理店勤め、フリーランスプランナーへ。店舗経営(DJバー)を経て、事業に失敗。

その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験する。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

人生は、思いどおりにいかなくなってからも、続く。

失業した人、仕事に行くのがつらい人、60代からの働き方に迷っている人へ。成功者の上から目線では全くなく、現場で働く一人として、警備員という仕事の現実と、人生をもう一度立て直すためのヒントを届けます。

失敗しても、人生はそこで終わらない。
現場仕事を「人生の再起の入口」に変える、再起プランナーとして発信しています。

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