警備員ブルース|人生の波止場から響くもの

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警備員物語100

【警備員物語12】ラジオ平さん番外編 ― その現場は、いつしか彼のシマになっていた

投稿日:2026年7月22日 更新日:

ラジオ平さんが常駐しているという工事現場へ行った。

派遣の連絡では、警備員は二名とだけ聞いていた。

現場に着いて、もう一人がラジオ平さんだと分かった。

以前、一緒に働いたときの彼は、とにかくよくしゃべる男だった。

家族のこと。前に勤めていた会社のこと。店が潰れたこと。奥さんに文句を言われたこと。子どもに心配されたこと。

そして、自分でも、

「俺、おしゃべりだから」

と言って笑っていた。

こちらが一つ話せば、彼は三つも四つも話を返した。

広告の仕事をしていたと言えば、

「広告畑! すっげえなあ!」

音楽の店をやっていたと言えば、

「そんなことまでやってたの!」

大げさなくらい驚いて、よく笑った。

警備なんかやりたくないなあ、と、まだ二人とも警備員という仕事に馴染みきっていなかった頃である。

だから、彼の軽快なおしゃべりがありがたかった。

少々うるさくても、現場の重たい空気を吹き飛ばしてくれた。

ところが、久しぶりに会ったラジオ平さんは、以前とはまるで違っていた。

そこは「俺の現場」だった

彼は、その工事現場の常駐警備員になっていた。

場所を知っている。

工事会社を知っている。

監督の顔も知っている。

車両の出入りも、資材搬入の時間も、職人たちの動きも知っている。

カラーコーンをどこに置くのか。

コーンバーをどの方向へ伸ばすのか。

トラックが入るときに、どこを開けるのか。

誰に確認を取るのか。

すべて彼の頭の中に入っていた。

常駐なのだから、それは当然である。

彼は毎日ここに立ち、現場の流れを覚え、工事関係者との関係を築いてきたのだろう。

だが、初めてその現場に来た私には、彼の説明がさっぱり分からなかった。

「あの赤いヘルメットのおっちゃんが、○○建設の人だから」

そう言われても、こちらは今日初めて来たばかりだ。

赤いヘルメットのおっちゃんが何人いるのかさえ、まだ分からない。

会社名も、役割も、顔も一致していない。

それでも彼は、

「そんなことも分かんねえのか」

というような顔をした。

言葉に出したかどうかは問題ではない。

態度に出ていた。

その瞬間、私は思った。

ここは、ラジオ平さんの現場なのだ。

もっと言えば、彼の陣地だった。

ヤクザ風に言えば、彼のシマである。

人は知らぬ間に「古株」になる

以前の私たちは、まだ警備員になって日の浅い者同士だった。

現場で偉そうに振る舞う隊長の話をした。

自分の経験年数を自慢する警備員を笑った。

新人にしか分からないことを、最初から分かって当然という顔で押しつける人間を、二人で非難したこともあった。

それが今、ラジオ平さん自身が、まるであの頃に笑っていた古株のような顔をしていた。

知らない人間に、

「なぜ知らないんだ」

という顔をしていた。

もちろん、彼だけを責めるつもりはない。

同じ現場に毎日いれば、勝手が分かる。

監督にも名前を覚えられる。

職人から声をかけられる。

自分がいなければ、この現場は回らないような感覚にもなるだろう。

それは、小さな自信になる。

警備員という仕事の中で、初めて手にした居場所なのかもしれない。

だが、その居場所は、ときに陣地へ変わる。

陣地は、やがて縄張りへ変わる。

そして、自分の縄張りに入ってきた新人や応援の警備員を、

「何も知らない人間」

として見るようになる。

かつての自分も何も知らなかったことを、忘れてしまう。

面倒くさい間柄

私とラジオ平さんの間には、別のわだかまりもあった。

数年前、彼が口にしたある言葉に対して、私は、

「どうして、そんなことを言うんだよ」

と非難したことがある。

彼は、それが気に入らなかったらしい。

それ以来、以前ほど私に話しかけなくなった。

共通の知り合いであるプリンからも、

「ラジオ平さん、あのことをまだ怒っているみたい」

と聞いた。

よくしゃべる人間だから、何でもすぐに水に流すわけではない。

むしろ、よくしゃべるからこそ、言葉に敏感なのかもしれない。

こちらにも言い方があっただろう。

彼にも彼の意地がある。

そうして、昔は笑って話せた相手が、いつしか少し面倒くさい相手になった。

私は、その日の現場で余計なことを言わないことにした。

ここは彼の現場である。

彼のやり方がある。

彼が築いた関係がある。

私は応援で一日入っただけだ。

黙って見ていればいい。

そう思った。

自分のシマをつくるということ

今の警備会社に入って数年になる。

私は常駐現場を、なるべく断ってきた。

同じ現場に毎日通うことが嫌だった。

その場所だけに詳しくなり、その場所の人間関係だけに馴染み、それを自分の世界にしてしまうことに、どこか怖さを感じていた。

ラジオ平さんは、違った。

彼は常駐を受け入れた。

そして、自分のシマをつくった。

工事会社の人間を知り、監督を知り、車両の動きを知り、カラーコーン一本の置き場所まで知った。

警備員として見れば、それは立派なことである。

現場を熟知している。

任せられる。

頼りにされる。

仕事を続けるうえでは、それも一つの成功なのだろう。

だが私は、そこに発展性を感じなかった。

今日より明日、明日より来月、さらに何か別の場所へ進んでいくという感覚が、そこにはなかった。

同じ場所に詳しくなり、同じ仕事をうまく回せるようになり、気づけば何年も経っている。

そのからくりが、目の前に見えた気がした。

警備員を長くやってしまうからくり

警備員になろうとする人の中には、

「とりあえず」

という人が多い。

とりあえず、今すぐ金が必要だから。

とりあえず、他に仕事がないから。

とりあえず、採用されやすいから。

私も、そうだった。

警備員を一生の仕事にしようと思って始めたわけではない。

次の仕事が見つかるまで。

生活が落ち着くまで。

何かを始めるまで。

そう思っていた。

ところが、現場へ行けば日当が出る。

毎日違う場所へ派遣される。

深く考えなくても、指示された時間に行けば仕事になる。

月末には給料が入る。

嫌で嫌でしょうがなくても、生活は一応つながっていく。

その一日一日を繰り返しているうちに、一年が経つ。

もう少しだけ、と思っているうちに、三年が経つ。

気づけば、自分も新人に何かを教える側になっている。

いつしか現場の人間から名前を覚えられ、

「あの人を寄こしてくれ」

と言われるようになる。

そうなれば、そこが自分の居場所になる。

居場所ができると、人は離れにくくなる。

たとえ、その居場所が、もともと望んでいた場所でなくても。

それが、警備員を長くやってしまう一つのからくりなのかもしれない。

ラジオ平さんの姿に、自分が見えた

だが、本当に書きたかったのは、ラジオ平さんの変化だけではない。

彼を見ながら、私は自分の姿も見ていた。

彼だけが長く警備をやっているのではない。

私も、もう数年もやっている。

常駐現場を断っているからといって、私は彼と違う場所へ進んでいるのだろうか。

毎日違う現場へ行っているだけで、結局は同じ警備服を着て、同じ誘導棒を握り、同じような一日を繰り返している。

「俺は、ここに根を張っていない」

そう思っていた。

だが、根を張らないまま何年も同じ場所の周辺を漂うことも、別の形の停滞ではないか。

常駐でシマをつくるラジオ平さん。

現場を転々としながら、どこにもシマをつくらない私。

形は違っても、二人とも警備という仕事の中に何年もいる。

彼の動きを見ながら、私は、自分の不本意な現在と未来まで見せられた気がした。

それを書くことだけが、私の発展性だ

もちろん、これは警備だけの話ではない。

どんな仕事でも、人は慣れる。

慣れれば、居場所ができる。

居場所ができれば、そこから動くのが怖くなる。

最初は仮の場所だったはずなのに、いつしかその場所の主になる。

人は、望んでいた人生ではなくても、慣れた人生のほうを選んでしまう。

今日、私はラジオ平さんの現場に入り、それを見た。

そして、その姿の中に、自分を見た。

少し嫌なものを見た気がした。

見たくない未来を見た気もした。

だが、それをここに書くことはできる。

現場で感じた違和感。

人が仕事に馴染み、馴染みすぎ、そこから抜けられなくなる仕組み。

そして、自分もその中にいるという事実。

それを書くことだけが、今の私に残された、わずかな発展性なのかもしれない。

警備員として同じ一日を繰り返していても、その一日を言葉に変える。

言葉に変えれば、ただ過ぎただけの一日ではなくなる。

ラジオ平さんは、自分のシマをつくった。

私は、そのシマで見たものを、物語にする。

今のところ、私にできるのはそれだけだ。

だが、「それだけ」が、ここから抜け出すための最初の一本になるのかもしれない。

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広告プランナー、フリーランス、店舗経営を経て、事業に失敗。
その後、地方ホテル支配人、配送、飲食、施設警備、交通誘導など、さまざまな現場仕事を経験してきました。

現在は交通誘導警備の現場に立ちながら、仕事の厳しさ、人間模様、収入、失敗談、そして現場で見つけた小さな希望を「警備員ブルース」に記録しています。

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