
私は元々は、広告代理店出身の
セールスプランナーでした。
特にスーパーマーケットやドラッグストア等の
店舗の集客、販売促進が得意で、
数々のセールスプロモーションや消費者キャンペーンを成功させ、
日本有数の有名メーカーの新商品を
カテゴリー№1にまで引き上げる実績を誇っていました。
また有名企業3社、計4チーム総計64名の
プロフェッショナルの女性フィールドマーケッターの
総指揮をし、店頭シェアのマネジメントにより
業界№1商品のセールスプロモーションを成功せさた実績を誇りました。
しかしながら・・・
独立してから3年目あたりまでは
順調に売り上げと実績を積み上げていましたが、
次第に本来の自分の能力が効果を発揮できなくなってきました。
担当メーカーの商品の売り上げをことができなくなり、
仕事の依頼も激減してゆきました。
4年ほどした時には仕事の依頼がゼロとなり
経営困難を迎え、
セールスプランナーを「辞めるしかない!」という
断崖絶壁に立たされてしまったのです。
それでも、生計を立てなくてはなりません。
仕事の縁で紹介された物流の仕事を請け負いながら、
編集会社からもらった
新聞記事の切り抜きの仕事を夜中にやるなど、
ダブル・トリプルワークでなんとか生活を凌ぎました。
かつて広告代理店勤めの時代は、
一頃は「販売促進のエース」と呼ばれるような
実績と売り上げを挙げていたのに
肉体労働と真夜中の雑務に追われていました。
「なぜ、自分はこうなってしまったのか?」
「どこに活路があるのだろうか?」
と自問自答の日々でした。
これではいけない!と一念発起し、
有り金をはたいて、様々なセミナーに行き、
新しい経営やマーケティングの知識を学びました。
そして、新たな提案書を書き上げ、
かつて仕事をいただいていたプロダクションや
企画会社に持ち込んだり、
新規の会社に仕事を取りに営業に回りました。
しかし仕事の依頼はさっぱり来ませんでした。
仕方なく私は、何でもやる「便利屋」で
何とか生計を立てるようになりました。
そうこうするうちに幾年もの月日が立ちました。
もうマーケティングの仕事は自分には無理なのか。
年齢も50代に入り、
失望は絶望に近づいていきました。
そんな失意のどん底の最後の最後、
ある奇跡的な出会いがあり、
その翌月には月収105万円というセールスプランナー時代の
何倍もの成果を出すことができました。
それから私自身が今まで改良に改良を重ねて体系づけたのが
「ZOOM集客セールス革命講座」なのです。