快楽と痛みの連想を改善すれば、人生は成功に近づける

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普段の暮らしも仕事においても、人生は常に楽な方向とハードな方向に分かれています。そして、どちらかえらぶかが常に人生において問われています。今現在のあなたも、このページの情報を読むという行為を選んでいますが、それは楽なのかハードなのか、よくよく考えてみてください。なぜ、ここにたどり着いたのか。あなたは、今、痛みと快楽の道のどちらをどの基準で選んだのでしょうか。ここでは日々つづく人生の選択について解説します。

あなたは“動機”で生きている

 人間の行動は、意外にシンプルなものです。世の中には、信じられないほどの善良な人もいれば、またとんでもない悪人もいます。しかし、彼の生きているうちにある“動機”については、まったみな同じなのです。たとえば、ヒトラーも、マザーテレサも、ダライ・ラマも、あなたも、皆、同じ理由動機で動いています。そんなことがあるはずがないと思うかもしれませんが、しかし本当のことで。誰もが全く同じ動機で行動しているのです。

快楽は、人間にとっては多様な意味を含んでいる

 やや学術的な話になりますが、世界的心理学者のフロイトは人間の心の第一の要素は「イド」だと解きました。このイドとは、その時、即座の快楽を求め、苦痛を避けようとすることです。この作用を心理学では「快楽と痛みの原則」と呼びます。人間はつねに「快楽」を得ようとし、「痛み」を避けようとしているのです。もちろん、犬、猫、牛をとわず、動物だって「快楽」に向かって生きているのは同じですね。なるべくおいしいエサがあって、敵がいないで、よく眠れるところ。しかし、人間は、その「快楽」に関しても、おのずから能動的に環境を選んだり、変えたりする能力があるから、また、ややこしいのです。ですので「痛み」と「快楽」この大原則を客観的に自分自身で語ることはなかなか難しいです。
 わたしたちが使っている言語の中には、この痛みと快楽を指す言葉がたくさんあります。すべてを別に言い換えているのです。たとえば、孤独、飢え、不快、憂鬱などは痛みの別名であります。そして、喜び、エクスタシー、自身、達成感などは快楽を言い換たものである。しかし、最も基本的なレベルでは根源はすべて同じでなのです。つまり、人間のすべての行動は、「快楽」と「痛み」によって引き起こされているのである。

「快楽」と「痛み」はあらゆる行動のモチベーションである

 人間は意識している、しないにかかわらず、快楽が得られ、苦痛が避けられると思う行動をしている。
 たとえば、タバコ。タバコを吸う人は、喫煙が肺ガンと肺気腫の原因になることを知っているからタバコを吸うだろうか。それとも、炭素はいったん体内に入ってしまえば取り除けないということを知っているから吸うのだろうか。タバコを吸うことにより、吸わない周りの他人をいらいらさせ、自分の子どもや周りの人の健康を損ねることを知っているから吸うのだろうか。インポや奇形児の出産の原因にもなることを知っているからだろうか。器官を害し、免疫体系を破壊してしまう数百種の毒素が含まれていることを知っていいるからだろうか。家やオフィスのいたるところに不気味な黄色い汚れを残すことを望んでいるからタバコを吸うのだろうか。いや違うだろう。タバコを吸う人は、心のどこかで禁煙は苦痛だと思っているか、喫煙が格好よくリラックスできるなどの快感を与えてくれるだろうと思い込んでいるから吸うのです。
 逆にタバコを吸わない人の動機も何故か基準は同じなのです。快楽を得て、痛みを避ける、ということは同じなのだ。タバコを吸わない人は、先に述べた理由からタバコを吸うことは苦痛だと考えている。同時に、タバコを吸わない健康的な生活には、大きな快感があることを理解している。つまり、タバコを吸う人、吸わない人、両者も苦痛を避け、快感を求めて、タバコとの付き合いかたを決めているのです。それはタバコや酒には限らず、人が何かしらの行動をしているときには、その人は何かしらのカタチで行動をとることに快感を連想し、あるいは、その行動をとらないことに痛みを連想しているとういことがわかる。
 創造してみてほしい。あなたはタバコを吸いますか? お酒をのみますか? ジョギングするのは何のため? 山登りは? 趣味はなんですか?なぜあの人は100キロマラソンなんて過酷な大会に出場するのでしょうか。彼に彼女にとって、一見過酷な運動も、人生においては生きるための快楽なのです。そう、すべての行動は、痛みを避け、快楽を求めてのことなのです。

質の高い連想=イマジネーションこそが、成功への近道なのです

動機が全く同じなのに、人間同士の差をもたらすものは何なのだろうか?なぜヒトラーやスターリンのような人間が生まれる一方で、マザー・テレサやジョン・レノンのような人間も生まれるのだろう。なぜある人の生き方が戒めや懺悔になるのに、ある人の生き方は人生の生きるヒントになったりインスピレーションになったりするのか。なぜ成功や幸福に結びつく輝かしい生き方をする人がいて、一方では、絶望のどん底に浸りきりながら生きる人がいるのだろうか。夢を実現する人がいるのに、なぜ、暗中模索し彷徨い続ける人がいるのでしょうかか。

快楽と痛みの連想、すべてはイマジネーションの方向性が将来を決める

この人生の問いかけに対する答えは、何に対して快楽を連想し、何に対して痛みを連想するか、二つの分かれ道にあります。ヒトラー型の人間は、他人をコントロールすることに快楽を連想させる。しかし、マザー・テレサ型の人間は、他人に愛や慈しみを示すことを快感に結びつける。ヒトラー型は、ユダヤ人のような何か自分との異質な存在を大きな痛みを感じ、マザー・テレサ型は他人が痛みを感じたり苦しむ姿を見ることが、自分にとって大きな痛みなのです。つまり考えるべきなのに、自分にとって「どのような連想の仕方が自分の夢につながるだろうか。長期的に見て、どのような連想をすれば最善の結果が得られるだろうか。ということなのです。タバコを吸うことを快感と連想することで、あなたが本来望んでいる質の高い生活を手に入れることができるだろうか。それとも、タバコを吸うことを大きな苦痛と考え、予め用意され必ず蒙るであろう副作用を同時に免れる道を選ぶことができるだろうか。あなたはヒトラーのように一つの国を滅亡に追いやり、その民族を世界中の路頭に迷わせる道を選びますか。あるいは、マザー・テレサのように世界中の弱気人を助け、世界中の人から感謝されたいですか。
 つまりは、長期的に見て、自分が望む生活を手に入れるために、何を快楽に思い、何を痛みに感じるかを連想することが、あなたの人生が幸福になるか否かの大きな分かれ道なのです。脳はただ単に、痛みを避けて快楽を得ようとする。ここで一貫性が必要なのです。脳が自分の夢を実現することを完全に快楽と連想させ、その夢を阻むものすべてに苦痛を結び付けていれば、自動的に成功するようになります。脳は、夢を実現するための方法を必ず見つけることができるからです。

もしあなたが、今、今日の仕事を明日にもちこすか。あるいは、明日できることを今日やるか。はたまた、会社をやめて転職するか、独立するか悩んでいるのでしたら、是非一度、あなたが選ぶであろう選択肢は、誰にとっての「快適」で、誰にとっての「痛み」なのかを紙に書いて整理してみることをおすすめいたします。答えが意外にシンプル。わくわくできれば、マラソンだって、遊びになるんですからね。

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